【Act55-兵士A。(前編)】
雪の降りしきる山で一番に見つけたのは、アッシュではなく、
そろそろ見慣れた顔になりつつある三人組だった。
「あらん。 坊や達もローレライの宝珠を探しているの?」
そういって手鏡を閉じたノワールとその後ろに続く二人の姿に、
が あっと声を上げて彼らを指さした。
「し……漆黒の……えーと、噂!!」
「そりゃあ悪そうな噂だねぇ。 そろそろわざとやってないかい?」
「翼も前回まで言えてたでゲスよ」
半眼で見られて、は心外だというように眉をきりりとつりあげる。
そして彼にしては目一杯 張った胸に右手をあてて言い返した。
「わざとなわけないだろ! オレは真剣だ! 真剣に覚えられないんだ!」
「……お前それはそれで問題があるな」
少し同情的な語調でヨークが言うと、
ノワールもやれやれと肩をすくめ、紅の乗った唇に笑みを浮かべていた。
「つーか、なんでお前たちがローレライの宝珠の事を知ってるんだ!」
いつの間にか随分親しくなったんだなとと彼らの関係に首を傾げていると、
一連の流れですっかり忘れかけていた疑問をルークが持ち上げる。
「そりゃあ、アッシュの旦那がうるせぇからな」
外殻降下 騒動のときの漆黒の翼とアッシュの契約は、どうやらまだ継続していたようだ。
彼らいわくルークが宝珠を受け取り損ねたと憤慨していたという。
そしてそのアッシュは今、奥で宝珠を探している。
「……アッシュを追いかけよう! 今度こそあいつと手を組むんだ!」
言い争いになるのがオチだと思うけど、とノワールが独り言のように呟くのを聞きながら、みんなは前に足を踏み出す。
アッシュが何か知っているかもしれない、という漠然とした手掛かりしか無い以上、
少々 喧嘩になろうが行かなければならないだろう。当のルークもその気のようだ。
自分もと後に続こうとしたとき、ふと真後ろにいたの足音が聞こえてこないことに気づいて振り返る。
呼びとめられたのか、彼はノワール達の傍で立ち止まっていた。
「そういえば名前を聞いてなかったねえ、坊や」
「……え」
がなぜか驚いたように目を見開いたのが見えた。
「ま、知ってるだろうけど、あたしはノワール。
そっちがウルシーとヨークさ」
「…………」
「坊やの名前は?」
「え、あ、オレは……」
「そうかい、。 覚えとくよ」
彼女は、アッシュの機嫌が良い時など見たことがないが、今は特に悪いだろうからせいぜい気をつけるようにと、
忠告内容に反して少々愉快げにそう言って、身をひるがえす。
去ろうとする三つの背中を呆然と眺めていただが、
近くでどさりと雪の塊が落ちたのを切っ掛けにして、弾かれたように声を上げた。
「ノワール!」
ほとんどの音が吸収されていく雪の中、その声はちゃんと彼らに届いたようだ。
振り返った三人組が不思議そうにを見返す。
「あの、ええと、ヨークとウルシーも」
「なんだよ」
思わず手を貸してやりたくなるようなたどたどしい喋りと泳ぎまくる視線に、
小さく噴き出したヨークの促しを受けて、はようやく真っ直ぐと彼らのほうを向いた。
「ここも魔物出るから、気をつけて」
彼らがこの場所で待機する、と言っていたからだろう。
察したらしいノワールが自信に満ちた顔で腕を組んだ。
「ふふ、みくびるんじゃないよ。
腕っ節ではあんたらに敵わなくても、逃げ足で負ける気はないね」
「……そっか」
ノワールの言葉を聞き、が ほっと息をついて笑みを浮かべる。
まんざらでもないように目を細めたノワールは、
一度開いた手鏡をまた閉じると同時に ぱちんと片目を瞑った。
「がんばりな。 それがあんたの目標だろう?」
そして今度こそ去って行ったその背中を見送る、
嬉しそうな困ったような、複雑そうな笑顔のの背に声をかけた。
「そろそろ行かないとジェイドに置いて行かれるぞー」
「うわーーーーー!!!
……え? あっ、ガイ待っててくれたのか!? ごめんすぐ行く!」
「あ、ああ」
置いて行かれるという単語に脊髄反射で上がったらしいの悲鳴に、
軽い気持ちでそれを口にした己の心臓がばくばくと弾む。
詫びではないがせめて今の言葉が現実とならないよう絶対みんなに追い付かねばと、
妙な責任を感じつつ、遅ればせながら俺たちも後に続いた。
ザレッホ火山とは真逆の温度で生き物の侵入を拒むこの地にも、例外なく魔物は存在するようだ。
現れた数体のそれらを前に、剣の柄に手をやる。
「グラスルーダとアイスリザードです!
前者は第二音素、後者は第五音素が弱点ですが反対に第四音素は効きづらくなってます!
落とすガルドは基本315ガルドと330ガルド! アイテムが、」
「、待った、ちょーっと待った。
どうした?」
おそらく俺とジェイド以外の全員のものであろう疑問を口にしたルークが、の肩をがしりと掴んだ。
俺とてグランコクマでその様子を見ていなければ同じことをしただろう。
「ケガ療養中に魔物の勉強したんだっ!」
「なんで」
「……もう陛下に騙されないために」
輝く瞳で告げていたが静かに遠い目になる。
仲間たちの間にも納得の空気が流れた。
自分がイオンにディストの件を報告するためグランコクマを出る直前も、
ジャバウォックという魔物が会議室にいるから退治してきてくれと適当なことをうそぶかれていた。
そこにいるのは魔物ではなく仕事をしない陛下に日々胃を痛めている大臣達だ。
しかしの勉強はちゃんと身についていたようで、そのときもしっかり嘘と見破っていた。
そんなウソならみんな気づくだろうと他人は言うかもしれないが、
相手はそんなウソに事ごとく引っ掛かってきた男なのでこちらとしてはわりと感無量だった。
「ていうかそれどころじゃないでしょーが!!」
いわくアイスリザードをトクナガで殴り飛ばしながら上げたアニスの叫びに、皆はっとする。
……戦闘中だった。
ピオニーの明らかな嘘を嘘だと判別つくようになったアビ主に感動する、すでに親目線なナイスガイ。
でも嘘のというか魔物の判別がつくようになっただけという話。
>「そういえば名前を聞いてなかったねえ、坊や」
いつかどこかで聞いた台詞。 軽いデジャブと、それに伴った不安。
アビ主も、ルークやガイやアニスや、みんなと同じように、
例え前を向いて笑えるようになっていても、傷はどこかに残ってる。
それを癒すでもなく忘れるでもなく、大事に抱えて歩けるひとになれたなら。
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