【Act55.2-兵士A。(後編)】
「狂乱せし地霊の宴よ、ロックブレイク!」
情報通りの第二音素を使った譜術で最後の魔物を倒したが、剣を納めて安堵の息をついたところで、
アニスもトクナガを元の大きさに戻しながら「へえ」と声を上げた。
「すごいじゃん。
手紙で読んだけど、ホントに使えるようになってるし」
「へへ」
療養期間で文通にも目覚めたとアニスのやりとりは、あれからこの旅が始まるまで、ずっと継続していたようだ。
アニスもあれでいて筆まめなのでお互い楽しくやっているらしい。
“自分の”趣味が出来たのだから、にとっても良い傾向だろう。
すると奴は一度 嬉しそうに後頭部をかいたものの、それをすぐにいつもの情けない苦笑に変えた。
「まあ、第二音素の術だけなんですけどね」
「うわー! 地味! らし〜!」
「そ、そう言わないでくださいよアニスさん……」
第二音素は地の属性を持っている。
確かに、光だ闇だというよりはらしいと思うが、
いくらか気にしていた様子のが肩を落とし、まじまじと自分の掌を見つめた。
「地味なのは分かってるんですけど、それが一番 性にあってる感じがして」
「その感覚は大事だわ。
感じ取れる音素の中にも向き不向きがあるもの」
教え子を褒めるように言ったティアが微笑を浮かべたのに続き、ルークが首を傾げる。
「やっぱりジェイドに教わったのか?」
問いを耳にした瞬間、自分の頬が引きつったのを感じた。
しかし俺がルークを止めるより先に、はにっこりと笑って「ああ」と頷く。
「大佐直々に手取り足取り、タービュランス」
「……は?」
思わず顔を押さえた俺といつもの笑顔のジェイドを除き、
みんな意味が分からずに目を丸くする中、いつにない笑顔のが言葉を続ける。
「失敗するとタービュランス、構成が覚えられないとグランドダッシャー、また失敗してタービュランス」
「お、おい?」
「タービュランス、タービュランス、グランドダッシャー、たまにスプラッシュ、
タービュランス、タービュランス、タービュランス……」
「わ、分かった!
もういい、もういいよ!! ー!」
どんどん遠い目になっていくを必死にゆさぶるルークの姿を視界の端に、
若干 青い顔をしたティアがそろりとジェイドのほうをうかがった。
「大佐、どういう教え方を……?」
「元々 飲み込みは悪くない。
単なる根性無しにはスパルタが一番ですよ」
そう笑顔で語るジェイドのスパルタ具合をこの目で見ている身としてに同情しつつ、
自分は今後とも絶対ジェイドには物を教わるまいと胸に誓い、形ばかりもユリアに祈りをささげた。
ロニール雪山の奥地にあるセフィロト。
そこにアッシュはいた。
「またお前達か」
ノワールの情報通り、いつも以上に不機嫌そうに眉を顰めたアッシュの手には、
ローレライの鍵と呼ばれる一振りの剣。
この状況について問いただせば、外殻降下の日から一切接触してこないというローレライが、
どうやらヴァンの中に封じられているようだという信じられない話が飛び出してくる。
生きていたヴァンと、捕まったローレライ。
ローレライを開放するために必要な、剣と宝珠。
僅かながらも情報を掴めたのは幸いだが、事態は深刻だった。
お前が宝珠を受け取っていればこんな事になりはしなかった、とアッシュが苛立たしげにルークを怒鳴りつける。
ルークが受け取っていないとなると、宝珠はセフィロトを通じてどこかに投げ出されたはず。
それを六神将に奪われればローレライを開放することは出来なくなり、地核の振動はますます激しくなって、
……この世界は滅びる。
重々しい現実に皆が眉を顰めたとき、身をひるがえしたアッシュをルークが慌てて止める。
そして、宝珠を一緒に探そう、と声をかけた。
「レプリカと慣れ合うつもりはない」
「レプリカだから、お前の助けが必要なんじゃないか!」
二人の言い合いを聞きながら、小さく息をついて目を伏せる。
どっちもどっちの、お互いさまだ。
アッシュの態度を軟化させるのは、性格や、ここに至るまでの経緯を考えても少し難しい。
となればルークが頑張って奴に歩み寄るしかないのだが。
ルークがアッシュの苛立ちの原因に気づかなければ無理だろう。
そんなことを考えながら首をひねっていた俺は、隣でどこか呆然と視線を地に落としていたに。
「レプリカ、だから」
ぽつりと零れた、小さな小さな音にも。
―― 気づくことはなかった。
*
宝珠についてはひとまずアッシュに任せて、俺たちは件の預言士を探しにバチカルを訪れることにした。
だがアルビオールを表に停め、街に通じる長い橋に足を踏み入れたところで、異変に気づく。
せわしなく走り回る兵士達。
その剣呑な雰囲気に、ルークが近くに立っていた兵士の一人を呼びとめた。
「おい、何かあったのか?」
「ダアトから手配中のモースを発見して連行したんだ!」
しかし隙をついて逃走されてしまい、今から街を封鎖して捜索するところなのだという。
まだモースはこの街のどこかにいるのだ。
俺たちも探そう、というルークの言葉に頷いて、足早にバチカルへ駆けこむ。
奴はいわばイオンの仇だ。
アニスはもちろん、わりと直情型なルークやナタリアが絶対に捕まえると息をまく中に、
普段は冷静なティアまで混じっている事は、モースのやらかしてきた事を思えば仕方のないことだろう。
自分も胃の底に煮え立つものが無いといえば嘘になるが。
「こんな時ほど、俺たちは冷静に、だな」
「そういうことです」
ここで自分まで冷静さを失ってしまっては、いよいよ歯止めが効かなくなる。
横のジェイドと確認し合いながら、気を落ち着けようと息をついた。
「……それにしても、貴方やけに静かですねぇ。
ルークと先頭争いぐらいで泣きわめくかと思ったんですが」
ジェイドの声を聞いてそういえばと視線をやると、俺たちと同じくらいの位置を走る男はきょとんと目を丸くした。
突然話を振られたのに驚いたのか、一度盛大につまづいた後、
なんとか転ぶのを回避したが言葉を探すように頭をかく。
「いや、あの、なんていうか……な、なんなんでしょうねぇ?」
「聞き返してどうするんですか」
「ま、普段は先頭切って混乱するをなだめるはずの、ルーク達があの調子だからな。
感情的になるタイミング逃したんじゃないか?」
「そうなのか、な?」
曖昧に頷いたの肩をぽんと叩いて苦笑してから、
さらにスピードを上げていく前方の四人に遅れないように、地面を蹴った。
ようやくモースを発見したのは、バチカルの港。
街が閉鎖された今、船に乗って逃げることも叶わず、追い込まれたモースが忌々しげに顔を歪める。
もうすぐエルドラントが浮上するというのに捕まってたまるか、と
意味の分からないことをうわごとのように唱え、私は正しいと叫んだ。
「そうですとも、モース様!」
そのとき、聞き覚えのある声が響く。
例の浮遊椅子に乗って上空から降りてきたディストが、モースの脇に並んだ。
「ディスト!」
が声を上げる。
このひと月、半ば担当の看守と化していた彼は、
主成分が口論とはいえ それなりにディストとのやりとりも多かった。
脱獄だけならまだしも、護送船の乗組員を全滅させた、という情報が入ってきた時、
一番動揺していたのはだったかもしれない。
あまり言葉にはしたことは無かったが、どこか責任のようなものを感じていたのだろう。
精一杯 睨み上げるとそれを鬱陶しそうに一瞥するディスト。
そんな双方の様子を見て、ジェイドが目を細める。
「……ディスト。
いっそのこと、ず〜っと氷漬けにしておけばよかったかも知れませんねぇ」
「だ、黙りなさい!」
底冷えのする視線にびくりと身をすくめながらも何とか言い返したディストは、気を取り直すようにモースへと向き直った。
エルドラントへ参りましょう、と先ほどモースが言ったものと同じ名を口にする。
「待てディスト! わしはこの場で導師の力を手に入れる!」
モースの言葉を聞いて、ディストが口元を歪めた。
嫌な予感が背筋を走る。
「それでは……遠慮なく!」
これから何が行われようとしているのか。
唯一気づいた様子のジェイドの制止も聞きいれられることなく、事は進んでいく。
まばゆい光が辺りに満ちて、思わず目もとを腕で覆い、
……そのあとはタチのわるい悪夢のようだった。
変形していくモースの体。
歪み、ねじれて、膨らんでいく。
原理は己の目と同じだと、ジェイドが言った。
体に音素を取り入れる譜陣を刻んで力を上げる。
しかしあれは、第七音素を取り入れる譜陣なのだと。
第七音素の素養のない人間がそんなものを刻めば――。
変異してほとんど魔物と変わらぬ姿になったモースはこのままエルドラントへ行くと飛び去り、
導師の力を欲しがっていたのだから本望だろうと笑って、ディストもまたどこかに消えた。
いつまでも港にいるわけにもいかない。
天空客車のほうへ戻る道を歩きながら、各々 先ほどの出来ごとを考えていた。
「第七音素を無理に扱えばどうなるかは、ディストならよく分かっていたはずなのに」
いくら今までのことがあるとはいえ、モースは彼女にとって元上司だ。
複雑そうな顔で眉根を寄せたティアに続いて、ルークが信じられないというように頭をかく。
人間があんな姿になるなんてどういうことなのかと自問のように零された言葉に答えたのは、ジェイドだった。
あのように体内に音素を取りこむ技術も、ジェイドが幼いころに考え出したものなのだという。
「大佐って、ホント、何でも作ってますね」
アニスがぽかんとジェイドを見上げ、ジェイドはめずらしく自嘲するように口の端を上げた。
「時間をさかのぼれるなら、私は生まれたばかりの自分を殺しますよ。
まったく、迷惑なものばかり考え出してくれる」
それは俺たちにというより、ほとんど独り言だったのかもしれない。
しかし大真面目な顔をしたルークが、それは困る、と言った。
いぶかしげに眉を顰めたジェイドに、いつもより少し静かに笑ったアニスがジェイドを見上げる。
そしてルークの言葉をおぎなうように、ルークもイオン様も生まれなくなっちゃいます、と笑みを深めた。
一瞬目を見開いたジェイドが、やがて僅かに苦笑を零す。
「……そうですね。
起きてしまったことは変えられない、か」
ぽつりと漏れた呟きに混じる真っ直ぐな音に、この男も変わったものだと、
普段はまずジェイドと結びつかないはずの微笑ましさというやつを、非常にめずらしくも覚えた。
あのとおり感情を表に出さない男だから分かりづらいが、
外殻降下の旅を経て、良い方向に変化したのはルークやだけではないのだと気づかされる。
そんな会話が終わって少ししたころ、俺はふと違和感を覚えた。
ジェイドがこういう話をして一番に騒ぐであろうはずの声がなかった気がする。
目でその姿を探すと、は自分たちの少し前を歩いていた。
先ほどの会話が届かない距離ではないはずだが。
ひとつ首をかしげ、歩調を速めて彼の横に並んだ。
「めずらしいな。 何も言わないのか?」
「え? 何が?」
「さっきの、ジェイドの」
声を潜めて告げれば、ぴたりとその足が止まる。
「オレが言いたいことは、ルークとアニスさんが全部言ってくれたから」
その瞳でこちらをとらえたが、にこりと笑った。
何故か、つぅっと頬を汗が伝う。
「……そ、か」
半端な笑みで頷いてかえせば、うん、と向こうもまた頷いた。
その子供のような仕草は間違いなくいつものなのだが。
なんだ。 今の有無を言わさぬ迫力は。
どうして俺は一瞬たじろいだのか。
それは。
今の笑顔が、まるでジェイドのようだったからだろうか。
そう、本音も感情も全て隠した、完璧な笑顔。
俺が思わず固まっているうちにまたさっさと歩き出したの背を、少しの間 呆然と眺めていた。
物語に関わらない。ただ主役たちの傍らにある兵士A。
最初は、それだけでよかったのに。
手紙。
やりとりが出来る状態にあるなら実は皆とも文通したかったアビ主。
一番はジェイドさんとだったりするけど、同じ国内で何バカな事をと怒られそうだからとりあえず言ってない。
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