「わかって欲しいのではないですね。
わからないことを話して、戸惑わせたくはなかっただけです」
【Act46.2-ふたつ!会話は短く分かりやすく。】
「重症だな」
いつもと変わらぬ足取りで去っていった背中が消えた方向を、
目を細めて見ていたガイは、突如として傍から響いた声に肩を跳ねさせた。
とっさに視線をずらせば、そこには先ほどのガイと同じように、
あの男が消えたほうを眺めているピオニーの姿。 いつのまに。
ついと動いた青い瞳がこちらをとらえた。
そして、今のジェイドをどうみる、と問われ、
ガイは動き回るブウサギたちの散歩綱を引きながら、首をかしげる。
いつもおかしいといえばおかしい男だが、先ほどはまた少し様子が違った。
考えた末に、驚きました、と率直な感想を返した。
あの男が自身の感情らしきものを吐露するのは本当に珍しい。
なにやら思うところがあるのか、こちらもめずらしく真剣な顔で考え込むピオニーの横顔を見ていたとき、
ふいに思い浮かんだ記憶があった。
「そういえばにも似たような事を聞かれましたね」
先ほどジェイドは、家族や使用人を失った衝撃についてガイに尋ねてきた。
詮索というほどではないが、そういうふうに誰かの内面に踏み込もうとするのもそういえば珍しかったな、と
今更ながら考えていると、気付けばまたピオニーが視線をガイへ移していた。
真っ直ぐに見据えられた青は、そのままにして続きを促してくる。
ガイはすぐに言葉を続けた。
「いつだったか、やっぱり家族を奪われたら許せないか、とか」
セントビナー救助に行く前、ここグランコクマを出たときだっただろうか。
めずらしく向こうから呼び止めてきたと思ったら、そんなことを聞かれた。
今思えばあれは、被験者家族のことを示唆していたのだろう。
あのころ自分と被験者が違う存在だとは認められないまでも、
なりにその立場を奪ったのだと必死に言い聞かせようとしてたのかもしれない。
「あいつ」
ぽつりと零された声に顔を上げると、ピオニーは空を見上げて目を細めていた。
「ジェイドのこと庇ったんだってな」
「え、あ、……ですね。 そのときも驚きましたよ」
あれだけ臆病な男が、あれほど強大な男の前で剣を握った。
勝った負けたの話ではなく、まず行動を起こしたことに驚いた記憶がある。
「旦那が関わっていたとはいえ、よくあの場面で動けたなと」
もう一度言うが、あの本当に臆病な男が。
するとピオニーは古い記憶をさぐるようにがしがしと頭をかきながら呟いた。
「あー、天秤、だったかな」
「天秤?」
聞き返せば青の瞳がまたこちらを振り向く。
「前にが言ってたんだよ。
自分と誰かの命を天秤にかけたとき、俺はすぐ自分に傾いてしまうんだってな」
言葉の向こうにの情けない笑い顔が見えるようだった。
まあそれも間違った事ではない気がするが、
ジェイドをもって異常と言わしめた彼の生への執着を考えるに、その天秤は絶対的なものだったのだろう。
そこでピオニーが名探偵のように人差し指を立ててみせる。
「俺が思うにだな、は自分と他人の命を天秤にかけたことはあっても、
『ジェイドと自分』をかけた事は無かったんだろう」
それはジェイドがあれだけの強さを持っていて、
死霊使いという二つ名の陰鬱さとは反対に、死と程遠い場所にいる人物だったからかもしれない。
ともかくは、これまで彼と自分を二者択一する必要がなかったのだ。
「たぶん今回、あいつは初めて自分とジェイドを天秤に乗せたんだよ」
天秤がどういう結果を示したのか。
それは現在の状況がすべて現しているだろう。
「の“ジェイドさん大好き”は筋金入りだったみたいですね」
これまでの自分をかなぐり捨てるほどに。
あの男の何がそんなにいいのか正直を言えばよく分からないが、
当人がそれなりに幸せそうなのだからいいんだろう。
「ああなるともう病気だな。
まったく昔からジェイドジェイドと」
あーかわいくない、と肩をすくめたピオニーが、それでも少し満足げに見えたので、
ガイは笑いながら「ですね」と返した。
*
今日は導師イオンよりの使者として、アニスが謁見にくることになっている。
前からその予定を聞いていたらしいはそれはもう楽しみにしていた。
しかしこちらも例の空飛ぶ譜業博士と予想外のニアミスがあったようで、
謁見の間で合流したときにはやたらとげっそりした顔になっていた。
「疲れてるなー、」
「あいつやだ」
並んで待機していたに潜めた声で話しかけると、
いつになく単刀直入な答えが返って来て、これはよっぽどだと苦笑する。
傍からみていると彼とディストには限りなく近いものを感じるのだが、
だからこそなのか反りは合わないようだ。
「……そういえば、その、ジェイドさん」
「ん?」
小さな呟きを耳に留めてを見やる。
「なんか、様子おかしかったか?」
彼は王座の脇で同じように待機している上司にちらちらと視線をやりながら、情けない顔をみせていた。
やはりディストの取調べで何かあったのは間違い無さそうだ。
「いや、特に変わったところはなかったがな」
いくらか様子が違ったのは確かだが、ひとまずそう言って微笑んでみせる。
「そっか……ならいいや」
もそれを百で受け止めているわけでは無いようだったが、
それでもいくらか安心したように息をついたのを見て、にかりと笑みを浮かべた。
「そうそう!
ほら、明るい顔してないとアニスに笑われるぞ」
そのとき、唱師アニス・タトリンのご到着です、と
タイミングよく響いた声に、が表情を輝かせた。
再会したアニスは変わりない明るい軽快さでガイ達の前に現れた。
いつものように読み上げの役割を押し付けられたガイへ親書を渡すついでに、無邪気な笑顔でぴたりとくっつく。
いくらかましになったとはいえ突然こられるとまだ対応できない。
例によって例のごとく悲鳴を上げて飛び退ったガイにからかうような笑みを向けてくる。
「なんだ。 まだ治ってないんだ、その病気」
それから彼女は隣でそんなガイを見て苦笑していたに視線を移し、軽い足取りで駆け寄ると両手を掲げた。
あの旅の中で培った仲間の絆なのか、はたまた犬とご主人の力関係なのか、
それに迷うことなく己の両手をぺちんと当てたが嬉しげに笑う。
「! 手紙では読んだけど、怪我ほんとにもういいんだ!」
「はいアニスさん! ご心配お掛けしました!」
アニスが今日くることをが事前に知れたというのも、
二人が手紙のやりとりをしていたゆえだった。
しばらく怪我であまり動きが取れなかったは、読書と合わせてちょっとした文通もしていたらしい。
アニス経由でティアやイオンにも自身の無事を知らせてもらったんだそうだ。
ああそういえば、いつかルークに出した手紙の返事がかえってこないと零していただろうか、と
ぼんやり考えていると、やれやれというようなピオニーの声が耳に届く。
「ガイラルディア!
アニスの抱擁にいつまでも恍惚としてないで早く読み上げろよ」
「まったく、実に破廉恥ですね」
「ハレンチ〜」
「はい! はれんちですねー!」
最悪だ、このメンツ。
アニスと再会した嬉しさでよく分からなくなっているらしいまで、笑顔で続けたのがちょっと切なかった。
というかあの男はハレンチの意味を理解しているのだろうか。
親書の内容は、一部教団兵がマルクト軍の反乱分子と結託して、
マルクト皇帝を暗殺しようとする動きがあるという警告だった。
イオンからの報告は以上だったのだが、アニスがグランコクマの街で独自に仕入れてきた話があった。
御落胤。
さっと一人の人間に集まった半眼に、ピオニーが慌てて首を横に振る。
「おいおい濡れ衣だ!」
そして御落胤といっても俺の子とは限らないだろうと言うピオニーに、ジェイドが得心したように息をついた。
ピオニーの父、前皇帝のカール五世もまた彼と同じく、無類の女性好きであったそうだ。
どこかに彼の子供がいると言われても不思議ではないとピオニーが続ける。
しかしピオニーが皇帝に即位してから大分経つ。
たとえば彼の子だとしても、前皇帝の子だとしても、名乗りを上げる時期としてはいささか遅すぎやしないだろうか。
ガイはアニスを顧みた。
「それはどこで聞いたんだ、アニス」
「グランコクマの商店」
自分こそ本当の皇帝だと言い街の人間から金品を巻き上げているらしい、と聞いて、が不満げに眉根を寄せた。
「そんなの皇帝じゃないですよ!
真の皇帝はそれこそ自分のお味噌汁の具に困っても、
国民のお味噌汁にはワカメとトウフを入れてあげるくらいじゃないと! ねえ陛下!!」
「、どうどう」
「貴方の例えはいちいち規模が小さいですねぇ」
いつにない勢いで拳を握る子供をガイが宥め、ジェイドは肩をすくめた。
国が大好きな皇帝陛下と、なんだかんだ国を大切にしている懐刀の背中を見て育ったもまた、結構なマルクト大好きっ子だ。
「ただの詐欺なら気にしませんけど、一応これでもアニスちゃんは、
皇帝暗殺計画のことも考えて……」
先ほど金の話には敏感だとガイとジェイドに真顔で言われたことに怒りながら、
アニスが早口に告げたとき、ずっと口を閉ざしていたピオニーががばりと顔を上げた。
「お・も・し・ろ〜い!!」
輝く笑顔と楽しげな声に、途方もなく嫌な予感が背筋を這い上がってくるのを感じて、
ガイはなんともいえない表情で自国の皇帝を見返す。
「……始まった……」
頭痛を堪えるようなジェイドの声が、聞こえた。
流れ上がっつりカットしてしまったアニス、ガイ、ジェイド、ピオニーの会話も、
書かれていないだけで同じく進行していると思ってやってください。
なんかもうこのメンツの会話は本気で楽しいのでファンダムレッツプレイ。