「最終兵器発動! 皇帝勅命!」









【Act46.3-みっつ!皇帝陛下の御心のままに。】








宮殿前ひろばにて。


俺を含めた軍属三人とマルクト貴族一人は、
すっかり変装を終えて満足顔の皇帝陛下を前に成す術もない。


「大佐……いいんですかねぇ、本当に……」

「いいも何も従うしかないでしょう。
 まったく首に縄つけられる分ブウサギのほうがよっぽどマシですよ」


この短時間で微妙に白くなった大佐が淡々と告げる。
陛下が相手だと時折 押され気味な大佐に、苦笑を返しつつ貴重な反応をほんのりかみ締めた。


にしても本当に本当に、マルクト皇帝自らご落胤探しなんかしていいのだろうか。
ただでさえ暗殺計画のことがあるのにな、と思っても逆らえない俺はしがない兵士です。

そんな部下の心 皇帝知らず、陛下はうきうきと俺たちを振り返った。


「よし。 今から俺のことは隊長と呼ぶように。
 いや待て、アニスはピオくんで」

「はい、ピオくん」


アニスさんに向けてにやけた顔で付け足した陛下に、大佐がこの上なく輝いた笑顔でもって続ける。
陛下がすぐさま、きもいから止めろ!と身を震わせた。

捜査開始から数分にしてすでに疲れた表情を見せているガイが、
なんでもいいがどこから探すのかと進言すると、ジェイドに任せる、という答えが返ってきた。
大佐はそれを即行拒否したものの、また皇帝権限で押し切られていた。


……陛下は本当に、本当に、本当に、自分で探す気らしい。


何事もなければいいけど。
周囲に満ちる大好きな水音に耳を傾けながら、祈る気持ちで空を仰いだ。









陛下達はまず、アニスさんが御落胤の噂を聞いたという商店へ向かうことにした。

人手の多い賑やかな街路をゆく中、
住民の皆さんもまさかこんなところに皇帝がいるとは思わないのか、特に気づかれることはなかった。


「私が御落胤のうわさ話を聞いたのは、あのおばさんです」


アニスさんが、ある商店に立つ活発そうな女性を指差す。


「よし、ジェイド。 任せたぞ」

「わかりました。 ガイ、頼みますよ」

「また俺かよ!!」


幼馴染の流れるような連携プレーにおいて任命されたガイを、
よっマダムキラーとアニスさんがはやすのを聞いていると、ふいに大佐が俺を振り返った。


、貴方も人当たりが良いですからガイと一緒に、」


振り返った大佐が目を見開いてギシリと固まる。


「……なに満喫してるんです」

「え!? あ、すみません何ですか!?」


やがて零された疲れたような囁きに、久々の城下にすっかり舞い上がっていた俺は、
名産の食べ物を腕いっぱいに抱えたまま聞き返した。

口に運ぶ直前だったグランコクマ団子アマンゴ味の串を手に、はっとする。


「そ、そうですよね……!
 すみませんオレ気が利かなくて……どうぞ大佐!

結構です


しかし差し出したマーボーカレー味は即行で断られてしまった。
やっぱりいちごサーモン味のほうが良かったか。



「……失礼、少々お話を伺っても宜しいですか?」


俺たちがそんな会話をしている間に、ガイはもう店のおばさんへコンタクトを取っていた。

そして聞いた情報をまとめると、御落胤を名乗っていたのは十五、六歳の男の子で、
髪の色は陛下と同じだったそうだ。

グランコクマ団子、最後の一本をもぐもぐと食べながら、俺は首をかしげる。


「でも陛、」

「隊・長」


すぐさま輝く笑顔で訂正された。
そんな陛下を半眼で見つつ、俺は口の中の団子をひとつ飲み込んでから仕切りなおす。


「……隊長と同じ髪色ってだけじゃ分かりませんよねぇ」


陛下の髪はきれいな金色だけど、色自体は特別めずらしいものじゃないはずだ。

おばさんの語り口では顔も瓜二つとはいかないようだったし、
それにその髪色だってまだ見ぬ奥方様に似た場合、
違う色でもご兄弟、ということになるから、さほどこだわれる情報じゃない。



商店から離れて、みんなで再度 作戦会議をする。

大佐いわくその子が十五歳前後だとすると、確かに前皇帝はご存命だったがもうかなりの御年だったそうだ。
それに、俺の子だと言ってもおかしくない年だと陛下が続ける。


「弟か妹ってのには憧れてたんだが、今更なぁ……。
 まあ今は弟みたいのはいるけど、」


陛下がちらりと俺のほうを見た。反射的に背筋を正す。


「…………」

「…………」


そのまま少し沈黙。


「……これじゃなぁ」

「隊長、オレそろそろ泣きますよ!」


ハッと軽く息をつきながら首を横に振った陛下を涙目の笑顔で見返した。


アニスさんが、兄弟が欲しかったんですか?と陛下に尋ねる。
いるにはいても世継ぎの問題もあり、世間一般でいう兄弟の関係にはなれなかったのだろう。

「まあな」と頷いた陛下に、アニスさんが私も一人っ子なんで上が欲しかったと笑顔を浮かべる。
そしてくるりと大佐のほうを振り返った。


「大佐には妹さんがいらっしゃいますよね」

「はい、ご存知のとおりです」


ネフリーさんだ。
今度は、そのうち休暇が取れたら会いに行こうかなぁと
ぼんやり考えていた俺にアニスさんの視線が合わさる。


は、まぁ兄弟が居ないのは当然だけど、欲しい?」

「そうですねー、あんまり考えたことないです。
 あ、でもオレのオリジナルには妹さんがいらっしゃいますよ」


腕に下げておいた袋から名物プリンパンを取り出しながら言う。
彼女のことを何気なく口に出せてしまったことに、内心驚きながらも不思議と心は落ち着いていたが、
そのとき大佐と陛下がすこし目を丸くして俺を見たのには気づかなかった。


「でも別にの妹じゃないじゃん。
 ええと、じゃあガイは……」


流れで話を向けてしまったあと、アニスさんはちょっと口を閉ざす。

彼がホド戦争で一族郎党を亡くしていたことを思い起こしたのか、
続ける言葉に迷った彼女の気遣いを包むようにガイが笑みを浮かべた。


「ああ、姉上がいた」

「……どんな人だったのか聞いてもいい?」

「もちろんさ」


そうアニスさんに返事をしたガイは何だかさっぱりとした顔をしていて、
無理をしているわけではなく話してもいいと思っているのだと気づかせる。

当時を思い出したことで辛いこともあるかもしれないけど、
胸の奥には確かに優しい記憶も存在しているようだ。

それを嬉しく思いながらも、あまり聞く機会のない家族の話に俺も興味津々と耳をすませた。


聞けば、ガイのお姉さんはすごく厳しいひとだったそうだ。
勉強、礼儀作法、剣術。 両親以上に教育熱心だったとガイが苦笑する。

そのまま育っても女性恐怖症になりそうだなと肩をすくめた陛下に、はは、とガイはまた笑う。


「何しろ姉上は子どもの頃のヴァンもたじろがせていましたから」

「あのヴァンを!?」


強烈な情報に思わず声を上げてしまった。

ヴァンに子どものころがあったというのも想像つかないが、
あの男をたじろがせられる人がいるなんてもっと信じられない。

……もし、もしもガイのお姉さんが生きていたなら、
もしかしてもしかして、ヴァンを止められたのかもしれません。

しかしその性格を聞く限り、
会えば俺は十中八九「殿方ならシャキッとしなさい!」と根性叩き直されてしまいそうだった。


「俺はやっぱりこう、ちょっと知的ではかない感じがいいな。
 ネズミとか見て『キャー!』なんて……」


そこで陛下がちょっと締まりのない顔で続ける。

ネズミを見てキャーというような女性は
まず間違いなく陛下とお付き合いしてくれないと思いますよ、と突っ込もうかと思ったとき。


きゃあ、と若い女性の悲鳴が、突如昼下がりの空気を切り裂いた。









みんなで声が聞こえた噴水広場のほうへ向かうと、二人の男が一人の女性に絡んでいた。

どう考えても素行の良い好青年たちには見えない。
いやしかし人は見かけによらないし、あれでも家に帰れば花壇の世話を趣味にする心優しい男性かも。


「なんだよ姉ちゃん、ぶつかっておいて何も無しかい?」


だが聞こえてきた声は、見かけそのままの言葉でもって俺のささやかな想像を打ち壊した。
遠巻きに眺めていた俺たちは、状況を察して目配せを交わす。


「もてない男の僻みみたいですねぇ」

「女性に対してあの態度はありませんよね!」


アニスさんがぼそりと呟いたのに続いて俺も拳を握り締めた。

お食事に誘うなら誘うで、もっと、しっかり、丁重に、エスコートすべきだ。
それを花束のひとつも無しとは男の風上にもおけない!

各々違うほうへ思考を走らせる面々に、
助けませんか?とガイの控えめな進言が届いた。 ……そうだった。


「そうだな」


重々しく陛下が頷く。
そしてびしりと騒ぎの中心を指した。


「ジェイド、行け!」

「わかりました。 さ、ガイ!」

「はいはい……そう来ると思ってましたよ」


段々この展開に慣れてきたらしいガイがため息まじりに呟く。
苦笑を向けようとした俺は、続いて聞こえてきた陛下の言葉にその表情を凍らせた。


「安心しろ、俺も手伝ってやる!」


え。


「なんのために武器の収集をしてると思ってるんだ」

「じゃあ剣術を?」

「いや、体術」


ええ。


「ま、細かいことは気にするな。 行くぞ!」


意気揚々と飛び出していく陛下。
その背中を少しの間 呆然と見つめた後、俺は頭をかかえた。



「ええぇええええー!!?」


どこの世界に、城下の揉め事に(直接的に)首を突っ込む皇帝がいるのだ。
ぐるぐると思考をめぐらせる俺の肩に、ぽんと大佐の手が置かれる。





涙目で顧みた上司は、諦めろというように無言で首を横に振った。





…………はい。








被験者家族のことをちょっとふっきれたアビ主。


>男の風上にもおけない!
中途半端にフェミニスト。

愛の言葉はささやけないし異性を抱きしめることの意味もいまいち理解できてないお子様ランチ男だが、
他人の恋バナは大好きで女性は丁寧に扱うものと認識している不可解さ。

英国紳士的なエスコートならなんとか出来るヘタレ。
しかしエスパニョーラの情熱は皆無。