【Act86-終わりと始まりのカウントダウン。(前編)】











ラジエイトゲートを停止させたことで、プラネットストームの防壁はなくなった。
けれど俺たちがエルドラントにたどり着くためには、もうひとつくぐり抜けなければいけないものがある。

対空砲火だ。

その打開策を求めて訪れた、グランコクマのマルクト軍本部。
作戦室で俺たちを迎えてくれたのはノルドハイム将軍とゼーゼマン参謀総長だった。


「エルドラントの対空砲火には、発射から次の充填まで約十五秒の時間がかかる」


参謀総長が白いひげを撫でながらそう言うと、
ノエルが机上の作戦地図をのぞき込んで難しい顔を見せる。


「その時間で砲撃を予測して回避しつつ、接近……。
 兄なら可能だとは思いますが」


ギンジさんと交代してもらうかと大佐が問いかけるが、短い沈黙のあとにノエルは首を横に振った。


「いえ、やらせて下さい。アルビオール二号機の操縦士は私です」


緊張感の中にも確かな意志を宿したノエルの言葉に、ルークが頷く。

ギンジさんと比べれば自分はまだまだなんだとノエルは言っていたけれど、
彼女の腕前は、今までアルビオールに助けられてきた俺たちが一番よく知っている。

ノエルなら必ずエルドラントにたどり着いてくれるはずだ。

そうでしょうイエモンさん、と記憶の中のあの人に問いかける。

彼ならばきっと、当たり前だと、自慢の孫だと、笑ってくれるだろう。
それともあんまり上手くない照れ隠しで、二人ともまだ修行が足りないと怒ったふりをするのかな。

どちらの姿も簡単に思い浮かべることが出来て、
思わず口元を緩めた俺の意識を、ルークの真剣な声が引き戻す。


「なぁみんな、本当にエルドラントへ行っていいのか?
 王位継承者、軍属、貴族……それぞれ本来の立場があるし、はビビリなのに」

「相変わらず瞳のまっすぐさが胸に突き刺さるよルーク」


しかし紛れもない真実なのでぐうの音も出ない。

そんなルークの言葉に、ナタリアが「今更何を言ってますの」と苦笑した。
ここまで来て抜けられるわけがないと、凛とした声が告げる。

兄のしたことに決着をつけなくてはならないと、ティアさんが真摯な声で言う。
イオン様なら最後まで見届けなさいと言うと、アニスさんが笑う。

マリーさんのレプリカに出会って思い知らされたと、
一度消えた命をあんなふうに復活させるのは、同じホドの人間として許せないとガイが拳を握る。


「私は陛下の命令がありますから。
 それに一般兵を派遣するとしても隊長は必要ですし」


いつもどおりの笑顔で、ジェイドさんが肩をすくめた。

みんなの返事を聞いたルークの翠の瞳が、やがて俺をとらえる。


怖くない、とは口が裂けても言えない。

ルークが言ったとおり俺はビビリだから、
本当ならエルドラントなんて恐ろしいところには行きたくなかった。

こわい。逃げたい。かくれたい。


「……ルークにまで言わなきゃいけないとは思わなかったなぁ」

「な、なんだよ」


――でも。


「オレは、みんなが大好きです。
 ジェイドさんも、ルークも、みんなみんな大好きです」


それはいつか、あの雪の街で口にしたのと同じ言葉。

“逃げるチャンス”をくれたジェイドさんに向けたそれを、
今度は目の前のやさしい赤色へと。


「だから、部外者にしないでください」


覚悟のひとつやふたつでいきなり強くなんてなれない。

けれどそんな途方もない恐怖をすべてひっくるめてでも、
みんなと一緒にいたいと、臆病者の俺は決めたのだから。


「…………なんで敬語だよ」


ルークは少しの間 固まっていたけれど、すぐにそう言って気恥ずかしそうに頭をかいた。
そしてようやく表情を緩めたルークが、「ありがとうみんな」と周囲を見回す。



話は決まった。

いよいよ俺たちは、エルドラントに突入するんだ。



マルクト・キムラスカ連合軍には、その突入と合わせて援護射撃を行ってもらうことになった。
連合軍はケセドニアで俺たちを待っているらしい。


「そういえば、ピオニー陛下に惑星譜術のこと報告していかないとな」


借りてた触媒も返さないといけないし、と軍基地の廊下を歩きながらルークが零した言葉に、
大佐が嫌そうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。

ああ……レプリカネビリムの件とか言わなきゃいけないからヤなんですね……。
ブウサギ関連とネビリムさん関連ではどうも陛下に押されがちな姿を思い、苦笑する。


「そうね、借り物をエルドラントまで持って行くわけにはいかないし」


確かに、あまり考えたくはないが俺達がどうなるか分からない以上、
大切なものはちゃんと持ち主に返していきたいところだ。

ちなみにダアトで見つけた触媒は、フローリアンを送り届けたときに返却済みだ。

最初にルーク達が手に入れた怖い剣、ザレッホ火山で発見した弓、ありじごくにんから貰った杖など、
元の持ち主がいない触媒に関しては、みんなで話し合った末にロニール雪山に置いてきた。

あそこは強化したアルビオールでやっとたどり着ける場所だ。
惑星譜術の譜陣はあの直後に消えてしまったし、
レプリカネビリムももういないとなれば、下手なところに保管するよりよほど安全だろう。

だからあとはピオニー陛下に借りた剣と、
アウグスト探しの対価にグレン将軍から借りた魔槍ブラッドペインを返せばいいのだが、
さすがにセントビナーに寄っていく時間はないから、そちらもピオニー陛下に預けていこうということになった。




ではさっそく宮殿へ、と軍基地から出たところで、
……“それ”はやってきた。


「私をロニール雪山に置き去りにするなんて酷いじゃありませんか!!」


元六神将、死神ディスト。
ルークが「ホントに追っかけてきたよ……」と呆れたように呟く。


「ディスト」


さらに何か言いつのろうとするディストに向かって、そこで大佐がにこりと笑った。
関係ないはずの俺の背筋にまで寒気が走る。


「惑星譜術の資料はどうしました? 情報部から盗んだのでしょう?」

「な、なんですか急に。別に大したことは載ってませんでしたよ。
 重要なものはあのときの火事で焼けてしまったようです」

「なるほど。
 それではマルクト軍国家情報法第一条第三項違反で、あなたを逮捕します」


「確保!」という大佐の号令に、俺だけでなくルーク達までとっさに反応してディストを取り囲んだ。

キムラスカの王女様からマルクトの現貴族、ダアトの神託の盾(オラクル)騎士団の方々まで
一声で動かしたと思うと中々壮絶だが、気付かなかったことにする。


「何をするんですか! 私はあなたの親友ですよ!」

「誰が? 誰の?」


例の空飛ぶ譜業椅子ごとガッチリと押さえられて身動きのとれなくなったディストを、
眼鏡越しの赤い瞳が冷ややかに見下ろした。


「このディスト様が、いえ、サフィール様がジェイドのっ」

「どこの物好きなジェイドでしょうねぇ。では、よろしくお願いします」


幸い……というか、なんというか、ここはマルクト軍基地の目の前だ。
今の騒ぎで慌ててやってきた複数の兵士たちへ、流れるように身柄を引き渡す。
先ほどの大佐の輝く笑顔を目撃したのか、敬礼する兵士の顔色は青かった。すみませんお疲れさまです。


「この裏切り者ー! 一生恨みますから!」


椅子の上でじたばたと暴れながら連れられていくディストを見ながら、無意識のうちにポケットに手を入れる。
指先に触れた歯車のざらりとした感触に、俺は少し考えて「ディスト」と声をかけた。


「……ぜんぶ終わったら、囚人食、覚悟しとけよ」


俺の言葉を聞いて一瞬 怪訝そうにしたディストが、すぐハッと顔を引きつらせる。


「ま、まさか毒でも盛るつもりですか!?」

「ああそれは良いですねぇ。ちょうど実験したい薬があるんですよ」

「ジェイド!?」


別に本当のところを伝えてもよかったんだけど、
ジェイドさんに構ってもらっているのを見て、やっぱり止めようと心に決める。
せいぜいその日まで恐怖におののけばいいんだ。


「このビビリレプリカ! ノミの心臓レプリカ! 虫レプリカ!
 捕虜規定違反で、訴えてやりますからねー!!」


騒がしく引きずられていったディストの姿が軍基地の奥に消えたところで、
ジェイドさんがちらりと俺を見下ろす。


「おや。めずらしく悪い顔してますねぇ」

「脱獄なんかするやつがわるいんです」


ディストが牢屋から消えたあの日。
俺が用意していた囚人食がどういったものだったかを知っているジェイドさんは、小さく口の端を上げて肩をすくめた。







「……そうか。ようやくネビリム先生の一件に決着がついたんだな」


他人に聞かせられる話ではないので、
謁見の間ではなく私室のほうに通された俺達からの報告を聞いて、陛下は一度静かに目を伏せた。


「しっかしサフィールが生きてるとは。あいつは昔から頑丈だったからなぁ」


しかしすぐ場の空気を切り替えるように軽い調子でそう言いながら、
自分の言葉にうんうんと頷く陛下に、ルークがふたつの触媒を渡す。


「借りた触媒はお返しします。ありがとうございました。
 それとグレン将軍から借りた触媒も、陛下に預かってもらっていいですか?」

「ああ、任せておけ。後でに返しに行かせるとしよう」

「オレですか!?」


あからさまに表情を歪めた俺を見て、陛下が楽しげに青色の瞳を細めた。

よく分からないが、陛下は俺がグレン将軍と仲が悪いのが面白いらしく、
機会があるとこうして顔を合わさせようとしてくる。たぶん本当に後で返しに行かされるんだろう。
……まぁ、いいか、アウグストにも会えるし。

何にせよそれは、すべてが終わってからだ。

雰囲気を引き締めた陛下が、国を治める者の顔で俺たちを見据える。


「エルドラントの件、頼んだぞ」


ルークが「はい」と頷き、みんなも各々の答えを返していくのを聞いていると、
ふいに服の裾を引かれる感覚がして、視線を降ろした。

そこにはつぶらな瞳でこちらを見上げる一匹のブウサギ。
首輪につけられたプレートには『ジェイド』の文字が彫り込んであった。


「ジェイドさま……」


いつもは出会い頭に強烈な一撃をくらうのに、
今日は何を察したのか、おとなしく俺の足に頭をすりつけている。

その優しい感触に背を押されるようにして、俺はぐっと拳を握り、顔を上げた。


「あの、オレちょっと陛下と話していきたいことがあるから、
 みんなは先にアルビオールに戻っててほしいんだ」

?」


首を傾げるルークに「すぐ追いかけるから」と重ねてお願いすると、
不思議そうな顔をしながらも頷いてくれる。


「……では、我々は先に行きましょうか」


大佐が眼鏡を押し上げつつ切り出した言葉にも後押しされ、
みんなは俺に軽く声をかけてから部屋を出て行った。

残ったのは、ピオニーさんと俺と、ブウサギ達だけ。


「なんだ? 今度こそ麗しいお嬢さん方の連絡先でも調べてきたか?」

「はい」


即答すると、ピオニーさんがめずらしく呆気にとられたように目を丸くした。
その表情を見て、俺は我知らず肩に入っていた力を抜いて苦笑する。


「まあ、女の人だけじゃないんですけど」

「俺にそういう趣味はないぞ」


憮然とした表情になったピオニーさんは、
しかしその青い瞳でまっすぐにこちらを見ていた。

俺の様子を探るような真剣な色に、少しくすぐったい嬉しさを覚えながら、その青を見返す。


「ピオニーさん。オレ、この旅が終わったら」





―――― やりたいことがあるんです。






頭の奥で一冊の絵本が、ページを広げた。









>「相変わらず瞳のまっすぐさが胸に突き刺さるよルーク」
Act50-変わらないアイツの変わった所。』参照
ビビリなのに?

>ディストの囚人食
Act64.2-グッド・バイ・ユア・フレンド(中編)』参照
リベンジ オブ ザ 囚人食。