イオンさまがティアさんを。

アニスさんがご両親を。

アリエッタが“導師イオン”を。



「ママの仇だけじゃない……アニスはイオン様の仇!」



それは誰もが誰かを想ったがゆえの、



「アリエッタはアニスに決闘を申し込む」

「……受けてたってあげるよ」



―― 哀しい結末。





【Act53.3-ダアトの夜の夢。】








アニスさんを探しに行ったルークの背を見送って、俺は長い長い教会の廊下に座り込んでいた。
とはいっても別にひとりで座り込んでるわけじゃない。

隣 三十センチほど空けたところには、大佐が軽く壁に寄り掛かるようにして立っている。

いつもと変わらないすらりとした格好いい立ち姿。
だけどその赤い目がどこか遠くを見ているのを確認して、立てた膝の間に顔をうずめた。


「あなたはアニスを探しに行かないんですか?」


その瞬間を見計らったように響いた声が耳に届くと同時に、
大佐が俺をどう誘導したいのかが分かった気がして思わず顔をしかめた。
ジェイドさんはいつもそうだ。


「アニスさんは、ルークに任せれば大丈夫です」


本音を言えば気にならないわけがなかったけれど、ここで少しでも返答に迷えば、
すぐさまあの綺麗な笑顔で俺をこの場から引き離してしまうだろう。

なのでとりあえず即答してみせれば、そうですか、という淡々とした返事が戻ってきた。
また場に沈黙が落ちたのを受けてから、少し考える。


アニスさんは大丈夫だ。
ルークならちゃんと彼女の弱音を引き出してあげられる。
俺が行ったらアニスさんは、無理にでも明るくふるまうに違いない。

強いひとだから。
ビビリでヘタレな俺に心配かけないようにって、強がってしまうだろう。

でも、だけど、ルークは。


そう―― ルークなら。


じりっと胃の底が焼けついたような感覚を覚えたのは一瞬で、
口を開こうと顔を上げたころには、もうそんな気がしたことさえ忘れていた。

先ほどアニスさんの行方を尋ねに来たルークに大佐が返した言葉を思い出す。


「人間一人になりたい事もあるでしょうから」


アニスさんを探すのはルーク達に任せると、いつもの笑顔でそう告げた。
でも。


「一人になりたかったのはジェイドさんのほうだ」


零した言葉は、俺が思った以上にすねた響きを帯びていた。

これじゃただの子供の駄々みたいだと顔をしかめて閉口し、
改めて、今度は出来るだけ落ち着いた音になるように気をつけて口を開く。


「今のジェイドさんをひとりになんてしませんよ。
 だって、さっきの、惑星預言のこと考えてるでしょう」

「……何を言うんだか」

「分かりますよ、絶対考えてる」


はぐらかそうとしている、というには勢いのないジェイドさんの返事を聞いて、「やっぱり」と口の中で呟いた。

俺はバカだから、ジェイドさんが本当に何かを隠そうとしたならば、
それを見破るだけの洞察力も、聞き出すだけの技量もないから、簡単に騙されてしまうだろう。

だからジェイドさんが本気で俺をはぐらかしに掛かる前に、先手を打って口を開く。


「ダメです」

「何がです」

「……ダメです」


また口調が子供じみてくるのを感じながら、緩々と首を横に振る。
ジェイドさんの視線が俺の後頭部に落とされるのがなんとなく分かった。

そしてジェイドさんが考えていることも、なんとなく、分かる。


「ヴァンのしている事はもしかして間違ってないのかもしれない。
 あの預言を聞いた瞬間、オレも……ちらっとだけどそう思いました」


結末を詠んだ、預言。
だけど世界の終わり以上に恐ろしかったのは、たった一年後。


(―― 玉座を最後の皇帝の血で汚し ――)


ぎゅっと一度強く目を瞑った。
そしてそれを振り払うように顔を上げ、目の前の壁を睨む。


「でも、だからこそ、あの方法はオレたちが望むものじゃないです」

「……別に私は、今更ヴァンに寝返るとは言ってませんよ」

「オレ、頭良くないから、ジェイドさんがウソ言ってるか本当を言ってるかとか分かりません。
 だけど大好きなひとがどんな顔してるかくらいは、分かるつもりです」


なるべくはっきりとした語調で言い切れば、隣で僅かに口ごもった気配がした。
ジェイドさんがこうして俺に押し切られてしまう時点で十分変なんだ。

そんな彼をどうすれば留められるか、必死に頭を回しながら言葉を紡ぐ。


「違う道を探しましょう。 戦争とか、レプリカとか、そんなのじゃなくて。
 だってヴァンと同じような方法を取って、もしも成功したとして……ジェイドさんはそれを忘れない、フォミクリーみたいに」


ずっとずっと、重たいものを背負って生きて行く。
そういう方法をジェイドさんに取らせてしまった陛下だって同じだ。
きっと何でもないような顔をして、大丈夫だと笑うんだろう。


「オレは」


もしかしたら国民や陛下が助かれば二人はそれでいいのかもしれないけど。
そんなの。


「オレは、ジェイドさんやピオニーさんが辛いだけの方法なんて絶対にイヤです!」


そんなの、俺が嫌なんだ。


全て一気にまくし立ててから、通路に短く反響した自分の声が消えたあたりで、自然と目線が床まで下がる。

ジェイドさんになんて生意気な口を聞いてるんだろう。
いやでも、これはしっかり言いたかったことで、で、でも怖い。

さぁタービュランスか、アブソリュートかと脅えてたが、いつまで経っても詠唱は聞こえてこない。


代わりに降って来たのは小さな溜息。

おそるおそる見上げたジェイドさんは、なんだかひどく柔らかく、苦笑していた。
あまりにめずらしいその表情に思わず動きを止める。


「まったく、……強くなりましたね」


そしてぽつりと空間を揺らした声に、目を見開いた。

今ジェイドさんが褒めてくれた?
え、聞き違い?


「……ジ、ジェイドさん! もう一回! もう一回っ!!」

「さーてそろそろアニスを迎えに行きますか」


思わず詰め寄った俺をさらりと受け流して歩き出すジェイドさん。
勢い余ってまた床に倒れ込んだ俺は、こちらもまた打ちつけた顔を抑えながらよろよろと立ち上がる。

うう、もういつものジェイドさんだ。

だけど颯爽と歩くその背中がさっきよりちょっと元気になったように見えて、
良かったなぁとひとつ安堵の息をついた。


それにしても最近 ジェイドさんは譜術を使わないなぁ。
あ、いや、もちろん魔物とかには使うんだけど、俺に。

すごく喜ばしい事であるはずなのに、
どこか空洞の空いたような気持ちに首を傾げて、長い廊下へ足を踏み出した。









「私、もう少しみんなと一緒にいて、考えたいんです。
 私がこれからどうしたらいいのか」


礼拝堂の中からルークと一緒に出てきたアニスさんは、そう言って小さな手を握り締めた。

でも泣いた名残のある茶色の瞳は、アニスさんらしい強い光を映していたから、
たとえ乗り越えたわけじゃなくても、彼女はひとまず大丈夫だろうと口元を緩める。


そうして全員がそろったところで、これからの事について話し合った。

事情を知っていそうなアッシュの足取りはつかめない。
預言の取り扱いについての会議も、イオン様が亡くなったばかりとあってはしばらく出来そうにない。


残るは瘴気の問題。
そこでアニスさんが、イオン様が詠んだ最期の預言を活用してほしいと声を上げた。

芋づる式に浮かんでくる嫌な記憶をなんとか振り払って、
アニスさんが言う部分の預言を思い出す。


「聖なる焔の光は穢れし気の浄化を求め、キムラスカの音機関都市へ向かう」


音機関都市といえばやっぱりベルケンド。
他に手掛かりらしいものも無いし、イオン様が残してくれたものを大事にしたい。

ベルケンドに行く方向で話が纏まって、
アルビオールを停めてある場所に向かうため瘴気の立ち込めるダアトの街並みを歩く。




俺が歩く位置は相変わらずの最後尾。

その目の前でひょこひょこと、やっぱり普段より落ち込んだ調子で揺れるツインテール。
ちょっと考えてから、歩調を速めて隣に並んだ。


「アニスさん、ぜんぶ終わったらきっとグランコクマに来てくださいね」


アニスさんの顔を覗き込むように上半身を傾けて、笑う。
ダアトに来る前にした約束を再度口にした俺に、アニスさんは僅かに目を丸くした後、微笑んだ。


「……へへ。 もーってばさ、気使っちゃってぇ。
 良い子良い子!」


ぐっと背伸びして手を伸ばしたアニスさんが俺の頭をぽんぽんと撫でる。


どうしても弟扱いなのが少し寂しかったけど、
それでも笑ってくれるならいいかと俺もいつもの情けない笑みを返した。







ダアト。 大佐と一緒。
味方識別が固定したのにまだ気づいてないアビ主。
元からいつも付いてなかったわけじゃなくて、付いたり消えたりだったりしたあたりが、完全固定を気づきにくくしてる要因です。


ティア同様アニス的にもアビ主は弟カテゴライズ。弱音を聞いてあげることは出来ない。
弟同然だからこそ出来ることもあるんだけど。

>そう―― ルークなら。

じりじり。
成長することで知ることが出来るのは、前向きな気持ちばかりじゃありません。