【Act45-なんてったってマルクト。】









陛下は、銀のスプーンをぱくりと口にくわえた。



そのまま思案するように唸りながら頬を動かすのを、俺はトレイ片手に待つ。
やがて口の中のものを飲み込んだ陛下がすいと瞼を持ち上げた。


「バラバラにやってくる食材の旨み、ねっとりとした舌触り、鼻から抜ける風味……」


いつになく真剣な顔で呟く陛下。


「要すると?」


彼が前にする机に手をついて、少し身を乗り出す。
そしてドラムロールが聞こえてきそうな沈黙に、ごくんと生唾をのんだとき、
陛下はきっぱりとこう言った。


まずい

「やっぱりそうですよねぇ」


俺も味見してそう思った。
渋い顔の陛下にこくこくと頷いて見せながら、俺はレシピメモに先ほどの感想を書き加える。




外殻降下から二週間が経ち、怪我もだいぶよくなってきた。

とはいえ軍人としての通常メニューに戻るにはまだ少し早いそうで、
引き続き大佐の事務補佐の形を取っているが、
今日のように大佐が外回りの任務に出ている間は陛下の執務を手伝うのが仕事だ。


「いろいろ試してるんですけど、うまくいかないんですよ」

「つーか臣下ジェイドに食わせるカレーを皇帝おれに味見させるんだからお前もいい度胸してるよな」


そしてそれでもなお持て余した暇でもって、俺は新作カレーの構想を練っていた。
アマンゴカレー(完成品)が大佐になんとなく好評だったので、続いてキルマカレーを試作中。

休憩時間に調理場を借りてカレーを作っているのだが、
どうやら怪我のことを考慮してくれているようで陛下は逃げ出すことなく待っていてくれた。
おかげで仕事が良く進む。 ちょっと怪我万歳。



まずいと断言したカレーを再び口に運び、
もごもごと頬を揺らしながら陛下はスプーンで俺を示す。


「まずお前の料理には特徴がない。 最近カレーだけはましになってきたけど」

「はあ。 みんなからも同じこと言われました」


なんか間が抜けてるというか、後一歩なにかが足りないと。
その際「いやあ貴方の人生のようですね」と輝かしい笑顔で告げてくれた上司を思い出し、
遠い目になりながら、俺も陛下と面する位置にある椅子に腰を下ろした。



要改良かぁ、と別のスプーンでキルマカレーを口に運んでいると、
食べ物の匂いを察したのか陛下のブウサギが足元に近寄ってきた。 これはゲルダさまだ。

さすがにカレーは体に悪そうなので、
付け合せに持ってきたサラダのほうを少し分けてあげながら、ふと思う。


「そういえば陛下、ブウサギにオレの名前は付けないんですか?
 いや付けて欲しいわけじゃないですが」


このあいだ新しくきた子にはルークと名づけていた。
法則性はいまいちよく分からないが、陛下は身近にいる人間の名前をつけているようだから、
一介の兵士が恐れ多いとは思うが可能性は無きにしもあらずかと思っていたのだが。


すると陛下はまたひとくち頬張っていたカレーを飲み込んだ後、「んー? ああ」と口を開く。


「お前の名前はな、可愛いほうのジェイドに
 子供が生まれたときに付けてやろうと思って取ってあんだ。もうちょい待て」


笑みを浮かべるでもなく、至極当然のように告げられた言葉に、
俺は落としかけたスプーンを慌てて握りなおしながら、陛下に詰め寄った。


「お、女の子なんですか!?」


陛下がぽけっとした顔で俺を見る。


「だれがー?」

「ジェイド様が!」

「バカだなぁ、あいつは男だろう」

「ああもう つくづくめんどくさいなぁー!!
 ブウサギのジェイド様です! ジェイドさんじゃないです!」

「……おまえ最近 性格がジェイドに似てきたな」


衝撃の事実と同時に襲いくる混乱に声を上げる俺を、陛下が半眼で見返してくる。
その後 彼は得意げに笑みを浮かべて言った。


「ああ、可愛いほうのジェイドは女の子だ」


大佐の直属部下になり陛下の寝室に出入りできるようになって三年目の真実。
そうだったのか、と脳内の情報を書き換えていくと同時に、ふいに新たな不安が胸を過ぎる。


「じ、実はアスラン様とサフィール様もメスだったとか言いませんよね?」


それでもってネフリー様がオスだったとか。
その問いに陛下はからからと笑って首を横に振った。


「女の子はジェイドとネフリーとゲルダ。 後はオスだ」


ひとまずこれ以上頭が混乱することは無さそうで、ほっと息をつく。
しかしその不安すら押しのけて、三度目、込み上げた不安。

どちらかといえばこっちのほうが重大で切実だ。
俺はおそるおそるそれを口にする。


「ジェイドさんは、知ってるんですか?」

「いや? 言ってない」


戻って来たのは簡潔な返事。
背筋を伝う冷や汗を感じて、おもわず眉間に皺を寄せる。


「陛下、それジェイドさんに知られたらインディグネイションですよ」


それはもう詠唱破棄な勢いで。
しかし天下のマルクト皇帝は、アッハッハと声を上げて笑いながら続けた。


「ということで子供が出来るとしたら、相手はアスランかサフィールか、ルークだな」

「陛下お願いだから本当に黙ってください!!」


マルクトが大佐に滅ぼされます。

外回りの任務に出ているはずの大佐が今にもどこかから出てきそうで怖い。
だってだって大佐だから。



国の危機を感じて涙目で詰め寄る俺にやはり軽い笑いで返していた陛下が、ふいに「あ」と声をあげた。

机を立ち、クローゼットを探り出した姿を何事かと眺めていると、
やがて彼は大きな包みを持って戻ってきた。


「これこれ」

「なんですか? それ」

「今度ルークたちが来たら渡してやろうと思ってるんだ」


開けてみろと指で示された包みを、不思議に思いながら開く。
すると中から現れたのは、マスク……スーツ?

おそらくあの旅のメンバー全員分あるのだろう。
頭からすっぽり被るタイプのマスクのひとつを手に取りながら、そろりと陛下を窺い見た。


「……なんですか? これ」


さっきと同じ質問を繰り返す。
それに陛下はきらきらと瞳を輝かせて、拳を握った。


「アビスマンだ!!」

「…………なんですか?


いや、本当に。


「バッカだなぁお前! ヒーロースーツに決まってるだろ!
 なんかこう、胸躍るよなぁ!」

「確かに男としてはすごく心踊りますけど……」


昔、宮殿で暮らしていたころ、陛下が持って来てくれたヒーロー物の絵本は楽しかった。
それはもう心底楽しかった。

しかしそんな子供心のときめきと、今目の前にあるこの服とどんな関係があるのだろう。


「だからな、あいつらがこれ着て戦ったら、格好いいだろうが!」

「…………」


想像してみる。



 
バックに広がるルグニカ平野。
 そこに現れ悪事を働く敵。 「待て!」なぜか高いところから響く声。


 「何奴!」


 逆光に映るむっつの影。


 「オールドラントの平和を乱すものは、俺たちが許さない!」


 とうっ!
 平野に突如出現した高いところから飛び降りる六人。

 着地と同時に順にポーズを決めていく。


 「俺達の武器は、地位と!」

 「謀略と!」

 「だまし討ち!!」



ああなんかダメなの混じった。



 敵がおののく中、全員が横一列に並び列ごとのポーズを取る。


 「正義の使者! アビスマン参上!!」



 そして決めの音楽と共に、
 六人の背後で色とりどりの爆煙が、上がる。







気付けばぽかぽかと熱くなった頬でもって、
俺は手に持った赤色のマスクを抱きしめた。


「良い……!!」

「だろ!?」


バカふたり。
大佐がいたならそう切り捨てたことだろうが、
残念なことにこの場にはヒーローへの夢に当てられた十歳児と三十六歳しかいなかった。


全員分の衣装を広げて、これが誰、これが誰と熱っぽい説明を受け、俺も興奮気味に頷く。
しかし包みの底にもう一着、綺麗にたたまれた服があるのに気づき、首をかしげた。


「陛下、ひとつ多いですよ?」

「ああ、それはお前のだ」


告げられた言葉に、きらりと目を輝かせる。


「ほ、本当ですか!? オレの!?」


渡された服を受け取り、
どきどきと高鳴る心臓を抱えながら見た。

四角くたたまれた服の色は、黒。


「お、おおお、オレ、ブラックですか!?
 ……あれ? でもそれだとティアさんと被るんじゃ……」


そう思いつつべろんと服を広げ、
…………俺は無言で陛下に掴みかかった。




「これあれじゃないですか! 『イー!』って言ってるやつじゃないですか!!


兵士と皇帝の関係も一瞬忘れて胸ぐらを掴む俺に、
彼はまたアッハッハと軽く笑う。


「お前にいちばん似合うと思ってな!」

「ちょっと陛下ー!?」


そしてそのまま、ついでに執務も忘れて言い合った結果、
任務から戻ってきた大佐に二人そろってインディグネイションを貰うことになった。









アビ主は称号『アビスシャッカー』を手に入れた!

「もう“アビス”無くていいじゃないですか!!」

そして伝説に残る先輩の名をMr.ショッ○ーといいます。



エピソードバイブルいわく、
陛下はジェイドと深く関わったひとの名前をブウサギにつけているそうですが、
フリングス将軍とはどういう関わりがあったのか。