【Act41.3-「     」。】









本当にこのまま進んでいいのか、この先でみんなに会えるのか。
俺がまた懲りずに不安になってきたころ。


「えぇっ!?」


前方から響いた声に顔を上げた。
このよく通る女の子の声は。


「ア、アニスさん! みんな!」


道の先にある開けた場所に立つみんなの姿。
喜んで駆け寄った俺を迎えたのはなぜか驚愕の視線だった。

ガイが俺の肩をぽんと叩く。


「お前、よく無事だったな」

「……俺、そんな頼りないか?」


正直なところ自分でもよくここまで来れたと思うが、
ここまで真面目な顔で言われると少し切なかった。




「みんな!も! 無事だったか!」


そして最後に合流したのは、ルークとティアさん。

そこで俺の名前だけやけに驚いたように呼んだルークに苦笑が零れる。
さっきガイ達にも同じように驚かれたばかりだ。


全員が揃ったところで、準備はよろしいですか、と大佐が言った。

この先には彼が待っている。
もう後戻りは出来ない。

ルークが大丈夫だと頷いた。
自分が彼を止めるとティアさんが手を握り締める。

ガイが、これでも元主人だから、蹴りをつけると笑みを浮かべた。
世界を救うとナタリアが力強く前を見据える。

玉の輿にのるためにも大人しくしていて貰わないと、とアニスさんがいつものように笑う。


「やぁ、みなさん熱いですねぇ」


大佐がいつものように肩をすくめた。


「がんばります!」


俺も、笑いながら胸の前に拳を握る。
みんなを見回して、ルークはちいさく口元を緩めた。


「……よし、行くぞ!」









響き渡るパイプオルガン。
荘厳で美しくありながらも強烈な威圧感を放つ音色は、その奏者によく似ている。


「何故お前がここにいる?」


低い声が空気を揺らし、それと同時にオルガンの音が止んだ。

必要なのはレプリカのルークではなく、アッシュだと、
そう告げながら振り返った男の青く鋭い瞳。

極力それを見ないようにしながら、彼とルークの会話に集中する。

レプリカは必要ないと彼は言い切った。
なら何故自分を作ったのかと、ルークが叫ぶ。


何故。

それは俺には理解できない問いだった。
何のために生まれたかなんて、考えもしない。

自分はただ自分であるのだ。
それ以外に何を考えることがあるのかと、傲慢なまでに思い込んでいた。
その驕りが誰かを傷つけるなんて、思いもしなかった。


きっと今だって変わらない。
生きている理由や、自分の存在に悩むルークやナタリアの気持ちは分からない。

だけど、


「師匠……いや、ヴァン!
 あなたが俺を認めなくても、俺は、」


傷つく人がいるということを知ることが出来た。
ルークが、ナタリアが、アッシュが、教えてくれた。

それは無駄にはならないはずだと、イエモンさん達が、教えてくれた。


「……俺だ!」


少しでもそれを返せたらと思うから。
大切なことを教えてくれた人の隣に並べたらと、望むから。

俺は今ここにいるんだ。


「戯言を……消えろ!」




みんなが一斉に動く。
俺も剣を抜き、前へ走った。

ルークが繰り出した一撃を容易く受け止め、彼が口を開く。


「愚か者め。この星はユリアの預言の支配下にある。
 預言から解放された新しい世界を作らねば、人類は死滅するのだ」


それなら俺の事はどう説明するんですか、とルークが声を上げた。
預言は絶対ではないのだとみんなが口をそろえる中でも、彼の姿勢は揺るがない。

そして僅かな動きでルークの剣が弾かれたが、
続けざまにガイが剣を向け、ルークもまたすぐに続く。


俺も彼の目を見ないようにしながら、ただ刀身にだけ気を向けて攻撃を加えた。

ナタリアの援護もある。
もう少しすれば大佐たちの詠唱も終わり、強力な譜術が彼を襲うだろう。


こればかりは卑怯だなんだと言っている場合ではない。
三人がかりで絶えず仕掛けた末、少しこちらが押し始めた。


「人はそこまで愚かじゃない!」


ルークが叫んで、ガイと共に強い一撃を彼の剣に打ち込む。
高い金属音が耳を打って、一瞬 彼の背後に隙が出来る。

俺は剣を握り直し、後ろから振り切った。



「潰れるのはお前たちだ」


入る。

そう思ったとき、空気すら切り裂くような冷たい声が、響いた。


「滅せよ、預言に支配された、人類よ!」


瞬く間にルークとガイが払いのけられ、
何よりも恐ろしい青の瞳がぴたりと俺を捉える。

それにぞっと身の毛をよだたせた時、皮膚を撫でた音素の波。
俺はもはや本能で体の前に剣身を立てる。


「…………っ!」


次の瞬間、あふれ出した音素が俺の体をいともたやすく吹き飛ばした。
剣身での防御も相まってそれ自体の殺傷力は無かったようだが、体が盛大に地面を転がっていく。


ぐらぐら揺れる頭を押さえながら付近を見れば、
後衛の位置まで弾き飛ばされてしまったようだった。

少し離れた場所で詠唱をしていた大佐が、横目で俺の様子を確認する。


「……、 慈悲深き氷霊にて……」


そしてすぐにそらされた赤が朗々と紡ぐ言霊を聞きながら、
俺は呆然と座り込んでいた。 気付けば、剣を持つ手が震え出している。

柄と剣身がそれに呼応して出す耳障りな金属音が、遠くに聞こえた。
すっと頭から熱が引いていくのが分かる。


こちらを捉えた、青の瞳。
それはやはり何も映していなくて、そこにあったのはただ、明確な殺意。

柄を握る指から力が抜けていく。


(勝てる、わけがない)


俺たちが、あの人に勝てるわけがない。
だってあの目に宿る覚悟は半端なものじゃない。

勝てるわけがないんだ。
無理なんだ。 やっぱり、ダメなんだよ。


みんなの仲間になりたいだとか、世界を救うだとか、
そんなの無理だって初めから分かってたじゃないか。


 
どんなにあがいたところで、にわとりは決して空を飛べやしないんだから。


全身から、力が抜けてしまいそうになった。

そのとき。



「ジェイド!!」


響いた声に はっと顔を上げる。
視線をめぐらせれば、剣を手に向かっていくヴァンの姿。


その先には?


反射的に滑らせた視線の先には、あのひと。


大佐はまだ詠唱途中。
あそこからでは防御が間に合わない。


心臓が大きく脈打った。

誰が止めるにも遠い。
唯一、割り込める位置にいるのは、

俺。


「…………っ」


手が、震える。 足に力が入らない。
その間にも距離はどんどん詰まっているのに。


ダメだ、立て、立てよ。

動け。
動いてくれ。

頼む、お願いだ、お願いだから。



俺が行かないと、ジェイドさんが!







「まずは一人だ」








(―― ああ俺はまた、大切な人を守れない)







そして、禍々しいほど鋭利な銀色が、閃いた。