そして、一夜が明けた。
ケテルブルクホテルの前に全員が顔をそろえる。
「僕はここで皆さんのお帰りをお待ちしています」
全てを見届ける役目をアニスさんに託して、イオンさまは力強く言った。
みんなも準備はいいか、とルークが問い、それに一人ずつ頷いていく。
最後にまだ揺れる翠の瞳で俺を捉えたルークに
俺も笑みを浮かべて返すと、ルークは一度ゆっくりと目を伏せた。
次に覗いた翠は、確かな光を宿していた。
「……行こう、アブソーブゲートへ!」
【Act41.2-戻る道、進む道。】
アブソーブゲート。
どこのセフィロトにも神秘的な雰囲気があったが、ここはまた桁違いだ。
圧倒されるような迫力に思わず息をのんだ向こう、
心細くはないのかと心配するガイとノエルの会話が耳に届いた。
「私なら大丈夫です」
それに笑顔で首を横に振ったノエルのほうに、俺もぐいと身を乗り出す。
「ほんとうにほんとうに大丈夫か? こわくないか?」
「はい。 私はここで皆さんのご無事を祈っています」
「怖かったら違う場所に行ってても……」
「は〜いはい。 そのへんねー」
呆れ顔のアニスさんに腕を掴まれて強制的に引き離された。
なさけなく眉尻を下げながらアニスさんを顧みる。
「えぇー、でも、こんなところで一人なんて俺なら泣きますよ」
「大丈夫だってじゃないんだし」
「というか、ってなんとなくノエルにはお兄さんぶろうとするよな」
続けられたガイの指摘を受けて、
アニスさんが「十歳でしょ、ノエルのほうが年上じゃん」と半眼で俺を見る。
確かに俺は十歳でノエルのほうがずっとお姉さんなんだけど、……なんだろう何となく。
そんなやりとりにノエルはくすくすと笑ってから、小さく敬礼をしてくれる。
「お気をつけて!」
そして俺たちはいよいよ、アブソーブゲートへと足を踏み入れた。
内部は記憶粒子が頭上から降りそそぎ、その様子はまるでケテルブルクの雪を彷彿とさせる。
綺麗だな、と状況も忘れてすこし見惚れた。
だけど大地に限界が近づいているのも確かだ。
さっきから頻発している地震のせいで内部の床も何箇所か崩れ出している。
急がないと、ヴァンの元にたどり着く前に
床が崩れて地核までまっ逆さま!なぁんてことに ――。
「今度はでかいぞ!」
なったりして、という言葉を続けることは出来なかった。
立っていた場所が砂のようにぐらりと歪む。
「っジェイドさぁああんー!!」
すぐに体が重力にそって落下を始め、
俺は溢れる涙のみ空中に残して下へ落ちていった。
ああ、なんか、ちょっとデジャブかもしれない。
タルタロスでグリフィンにさらわれたときも、確かこんなふうに
「うぶっ」
びたん、という生々しい音と、体の前面に走った痛みによって
思考はまたしても唐突に中断された。
「〜〜〜〜……っぉ」
しばし悶絶。
少ししておもむろに体を起こせば、見渡す限り不思議な空間が広がっていた。
辺りにみんなの姿は見当たらない。
また迷子?もしかして迷子?
焦り始めた内心を、ぐっと押さえ込んで立ち上がる。
「……どこかで合流できるかも」
視界の範囲には居なくとも、同じ場所にいることは間違いない。
さっきの痛さ加減からしてそう距離を落ちたわけじゃないだろうから、
少し歩けば誰かと行き会うかもしれない。
腰元に剣の存在を確認してから、俺は足を踏み出した。
創世暦時代の建造物であるセフィロトは、
内部の構造も材質も、みんな不思議な感じがする。
普通の材質とは違う透明な床を歩きながら、そんな事を考えた。
「んん……」
落ちてきたんなら登るべき、なのかもしれない。
だけど俺は今、下に向かって進んでいた。
きっとみんなは先に進むはずだ。
どんなことになっても迷わず前へ進む。 そういう強い人達だから。
だけど、この道で本当にあってるのかなぁ。
降りと見せかけて登りなんてこともあるかもしれない。
創世暦時代のどっきり発明加減ならありえる。
ほんのり不安になってきたとき、はたと気付いて顔を上げた。
「あれ、あそこ」
どういう技術なのか、宙に作られた道たち。
少し上に見えたその内のひとつに見覚えがあった。
似たような造りだから分かりづらいけど、
確かに行きでみんなと一緒に歩いた道だと思う。
よかった、あれが上に見えるという事は、とりあえず登ってはいないみたいだ。
「えぇと、ということはこっちがこうで、こうだから、」
複数伸びる通路の行き先を指でなぞりながら考える。
「そっか。 あっちに行けば多分下に行けて、
それであっちは出口のほうに行っちゃうから、アルビオールが……」
ふ、と浮かんでいた笑みが消えた。
指差し確認していた手が力なく丸まる。
あっちに行けば、出口。
どくりと心臓が鳴った。
このまま、アルビオールに戻ってしまえば、戦わなくて済む。
あの青の瞳と再びまみえることなく、全ては終わる。
たとえ外殻が崩落したとしたって、アルビオールにいれば助かる。
そうだ、そうだよ。
迷ったからとか言って、戻って、しまえば。
「…………」
視線が足元に落ちる。
そして俺は、キッと視線を鋭くした。
持ち上げた両手を、思い切り頬に叩き付ける。
「………………いっ……」
思ったより痛かった。
やりすぎたようで じんじんとする頬を
涙目で押さえながら、口を一文字に引き結んだ。
そうじゃ、ないだろ。
頑張るって決めただろ。
泣くほど怖いのに、どうしてついてこようって思ったんだよ。
それは。
「なかまに、なりたい」
零した声は小さかったけど、しっかりしていた。
仲間になりかった。
みんなの仲間に俺もなりたいから。
胸を張って仲間だといえる自分に、なりたいから。
あっちは戻る道。 安全な世界。
こっちは、進む道。 みんなのところへ繋がる道。
俺は深く息を吸って、勢いよく駆け出した。
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