【Act34-タタル渓谷のレプリカ。】








シェリダンで振動周波数の測定装置を貰い、俺達はすぐタタル渓谷に向かった。

到着早々、前にここへ来た事があるとか無いとかの話で、
ルークとティアさんがアニスさんにからかわれていたようだけど、
当のティアさんが“有り得ない”と疑惑を一刀両断していた。

どこか見覚えのある光景だなぁと何となく哀愁漂うルークの背中を見ながら、俺はやんわりと苦笑する。


、なにか?」

「何でもないです!」


一言も発していないのに、ここしかないというタイミングで振り返った大佐に、俺は反射的に敬礼を返した。


なんとなーくなんとなく、ほんのちょっぴり少しだけ、
ティアさんはジェイドさんに似ていると思う。 ……なっ、ルーク。









タタル渓谷は、確かに魔物もいるけれど、それを差し引いてもきれいな場所だった。
途中に通り過ぎたセレニアの花畑も神秘的な感じがしたし。

シュレーの丘がピクニックに行きたい場所なら、
たぶん、こういうところが好きな女の子なんかを誘う場所なのかもしれない。

ぼんやりと辺りを見渡しつつも、胸のうちにはしこりのような靄がある。
ようやく気付いた答えは、信じられないくらいに重い。


「あぁあ〜っ!?」


前方から突如響いた大声に、俺は吐きかけた溜息をごきゅっと飲み込んだ。

大急ぎで意識を引き戻してみると、そこには目をキラキラと輝かせたアニスさんがいる。
そして彼女が指差す先には、青色の蝶々が。

あれは、とアニスさんは感極まったように叫ぶ。


「幻の青色ゴルゴンホド揚羽!」

「青色ゴルゴンホド揚羽!!?」


その名を聞いて思わず続けざまに声を荒げると、横を歩いていたルークがびくりと振り返った。


「なんだよ! 驚くだろ!」

「ご、ごめん」


はっとして謝ればルークが怪訝そうに首をかしげる。
そして今アニスさんが追いかけている蝶を指差した。


「お前もアレ欲しいのか?」

「とんでもないです」

「……なんで敬語なんだよ」


即答した俺を半眼で見返してきたルークに、力無い笑みを向ける。


「いや、アレにちょっと嫌な、思い出が……」


陛下に三日以内で採って来いと命じられ、
生息するはずもないテオルの森を泣きながら探し回ったのはさほど昔の話じゃなかった。

簡単に見つからないから幻っていうんだって知ってますか陛下。
まあ知ってるんだろうなぁ。 知っててやらせる人だから余計タチが悪い。

遠い目になった俺の様子である程度 察してくれたらしいルークが、
ぽんと背中を叩いてくれた。 うう、ありがとう。


そのとき、ぐらりと足元が揺れた。
まさに草の根分けて探し続けたあのときの苦労を思い出して眩暈がしたのかと思ったが、どうもそうではないらしい。


「きゃぅっ!」


地震だ。 ようやくそう気付いたのと同時に、耳に届いた悲鳴。
するとさっきまでそこにいたはずのアニスさんの姿がない。


「アニス!」


ティアさんが崖のほうに駆け寄って行ったのを見て、
俺はそのふちに小さな手が掛かっているのを知った。

何とかティアさんが引き上げようとしているけど、女性が腕力だけで人一人を持ち上げるのは難しい。


「ア、アニスさっ……!」


慌てて駆け寄ろうとした俺より先に、動いた影があった。
そしてあっと思う間にアニスさんの手を掴んだのは、ガイ。

こちらからでもガイの全身がこわばったのが分かる。
でも、彼はその手を離す事無く、一気にアニスさんを引き上げた。




そしてみんながガイに駆け寄っていく中、
タイミングを逃して立ち尽くしたままの俺は、ほぅと息をついた。


「……すごいな」

「そうですね」

「ギャア!?」


予想だにしなかった方向から戻ってきた返事に驚いて跳び上がる。
隣を振り向けば、そこにはさっき行ったものと思っていた大佐が、いつもどおり凛と立っていた。


「た、たた、大佐?」

「あっちに行かないんですか」


ガイたちのほうを視線で示した大佐に、心臓を押さえながらこくこくと頷いてみせる。


「い、いえ。 いま、い、行くつもりで……」

「そうですか」


そう言って肩をすくめた後、彼はふとその赤い目に俺を映した。
全てを見透かそうとするような赤に、我知らずまた心臓が早鐘を打ち始める。
まさか、俺の中で起こった変化まで気付きはしないだろうけど。

大佐だしもしかしたら、となんとか逸らさずにいた目が泳ぎかけたころ、
赤から俺を外した大佐はおもむろにガイを中心に盛り上がるみんなのほうに歩いて行った。


「アニスちょっと感動〜!」

「ガイはマルクトの貴族でしたよねぇ」


きっと国庫に資産が保管されていますよ、と自然に会話へ加わった大佐の背中を眺める。



まさかまさか、まだ気付かれはしないだろう。 でもいつか言わなきゃいけない。
あのとき俺を叱ってくれたジェイドさんに、伝えないといけない。
ようやく気付けた本当の罪の形を、あのひとにこそ。

そのためにはまずこの感情を言葉に出来るまで飲み込まないとダメだ。
自分を見つめなおしたルークのように、過去と向き合ったガイのように、


罪を抱え続ける、ジェイドさんのように。

俺も。


「……できるかなぁ」


考えて即座にへこたれた弱い心をそのままに、
俺は一度ふかく溜息をついてから、みんなのほうに足を進めた。







一生飲み下せはしなくても、この苦さの意味に気付けたら。

何か目に見えた要因があったならまだしも、さすがに内面で起こった変化の子細までは分からない大佐。
だけど見た限りそこまで深刻なことじゃなさそうだとひとまず様子見。

タイトルは風の谷のナウツカをパロディろうと思ったらこの上なく失敗しました。


『ミュウウイング習得イベント』より偽追加会話

「………………」

ジェイド「

「は、はイっ!?」

ジェイド「あれは音素の力を借りたものですから、
     ミュウが全ての重量を負担しているわけじゃありません」

「は、はい」

ジェイド「…だから、やりたいなら行ってきなさい」

「……俺、二十五歳ですから……ッ!


すっごくやりたい。


一応 世間体を気にするビビリ。
でもやっぱり後でやらせてもらう。 ウッイーング。