【Act34.2-僕の疑問とユニセロス。】







引き続き、俺達はタタル渓谷を進んでいる。

『セフィロトはこちらです』なんて看板が出ているはずもないので、ほとんど勘でその入り口を探す中、
道のり同様、引き続きの考え事をしていれば自然と足取りは鈍った。

いつのまにか最後尾まで下がっていた事に気づいて顔を上げると、
少し前にイオンさまの背中が見えたので、俺はその隣に並んだ。

そしてはたと思い至り、彼の顔を覗きこむ。


「大丈夫ですか? イオンさま」


ここにはデオ峠のときほどきつい勾配はない。
むしろこの手の場所としては緩やかなほうだとは思うけど、
それはくさっても軍人である俺が考える緩やかで、体の弱いイオンさまにもそうであるとは言えなかった。


「はい。 まだ平気です」


だけど俺を見上げてそう笑ったイオンさまは、
額に軽い汗こそ滲ませているものの顔色は悪くなく、ひとまず平気という言葉どおり受け取ってよさそうだ。

そのすぐ前を歩いていたアニスさんが、俺たちの会話を聞いて振り返った。
彼女が眉をきりっとつり上げて、人差し指を立てる。


「でーもっ、辛くなったらちゃんと言ってくださいねイオン様!」

「はい」


またくすりと笑みを零して頷いたイオンさまをみて、
アニスさんもひとまず安心したように体の向きを直した。

そんな彼女の背中と、そこで揺れるトクナガを見て俺もひとつ微笑んだとき、
ふと脳裏によみがえった疑問があった。

ヴァン謡将がイオンさまのことを“映さなかった”理由。

ベルケンドのときは結局答えが出なくて保留にしていたっけ。
だけどあのとき出なかったものを改めて考えたところで、やはり答えは出てこない。

いっそ本人に聞いてみたらいいだろうか。
俺は隣を歩くイオンさまのほうに顔を向けた。


「イオンさま」

「なんですか?」

「あのですね、実は、」


なんかヴァン謡将の目が俺とルークとイオンさまを見てない感じなんですけど
どうもあの人はレプリカが嫌いみたいなんで俺とルークは分かるんですが
イオンさまはどうして映されてないんですかねぇ


「すみません なんでもないです」

「そう、ですか?」


聞けるか……!

そんなこと聞いたら訳が分からないどころじゃなくて、ただの変な奴だ。
寸前で冷静になってくれた頭を再び前方へと向ける。

隣から不思議そうなイオンさまの視線を感じつつ、
俺は喉の奥でうぅんと唸って、軽く息をついた。


ま、いいか。









歩いて歩いて、ようやくセフィロトの入り口らしい扉を見つけたと思ったら、
その傍には魔物がたたずんでいた。透き通った鳴き声があたりに木霊する。


「この鳴き声は……」

「ユニセロス!」


大佐の呟きに続いて、拳を手の平に打ちつけながら声を上げたアニスさん。
彼女が口にした名前を聞いて、ハッと目を見開いた。


「ユニセロス!?」

「何か知ってるのか!」


ルークが俺を振り返る。


「いや! 前に『グランコクマに生息してるから探してきてくれ』と
 陛下に言われて町中延々と練り歩いた記憶があるだけだ!」

「分かった! ごめん!」


それがグランコクマどころかオールドラント中を探しても
みつからない可能性のほうがはるかに高いと知ったのは指令を出されてから四日後のことだった。
だから幻っていうのはね陛下。 ああもういいや。


「何かが来るわ!」


ティアさんの声にはたと視界をめぐらせれば、
さっきまでいたはずの場所にユニセロスがいない。

続いて「後ろです」と響いた大佐の厳しい声を聞いたが早いか、俺たちの間をすり抜けた青い影。

すごく大人しい魔物のはずなのにというアニスさんの言葉に反して、
ユニセロスからはありありとした殺気が俺たちに向けられていた。


! イオンさまを」

「はい!」


槍を取り出しながら大佐は俺に指示する。
それに強く頷いてから、イオンさまの手を引いて後ろに下がった。


「お前ユニセロス探させられたんだろ!?
 そのときなんか弱点とか特性とかの資料もらわなかったのか!」


慌てて剣を構えるルークが背中越しに発した問いに、元気よく首を横に振る。


「陛下が描いた似顔絵いちまい!」

「分かった!
 マジでごめん!


しかしこうして対面してみれば、これこれこんな感じのやつ、と渡された絵はどう考えても実物と似ついていない。

魔物のデータは任務の関係でよく目を通したけど、
軍の資料に記述があるのは実際に戦う可能性の高い魔物が大部分で、
ああいう無害でめったに会えないやつのことは書いてないからどのみちダメだ。



ていうかピオニーさん、
もしかすると俺はそろそろ怒ってみてもいいんでしょうか。







大佐直属部下としての仕事の六割を占める陛下の相手。
そしてその六割中四割は陛下のイタズラの相手。

いちいち真に受けるからダメなんだとようやく気づいてきたらしいアビ主。