【Act26.3-シュレーの丘と青い春。】
シュレーの丘。
いちおうマルクト領だけど、ちゃんと来るのは初めてだ。
立ち込める瘴気のせいで景色は どんよりと歪んでいたが、
本来は晴れの日にピクニックでもしたくなるような気持ちの良い丘なんだろう。
そう思うとこの地面にも沈んで欲しくない、けど。
そんな事をとつとつと考えていた俺は、ふと目の前の光景を見やった。
ティアさんに反応して動いたというパッセージリングを前に、
あれやこれやと話し合っていた大佐たちは、今ルークに事を委ねている。
超振動でヴァン謡将がかけた暗号部分だけを削るらしい。
呼吸を整えているルークに目をやってから、俺はそっと大佐に話しかけた。
「あの、大佐。 俺も何か手伝うことは……」
すると彼は輝かしい笑顔でこちらを向いて、言った。
「そのまま十回ほど足を後ろに動かして
上唇と下唇が絶対に離れないようにしていなさい」
邪魔だから後ろに下がって黙ってやがれってことですね大佐!
言葉のすがすがしいほどの切れ味になぜか安心しつつも滴る涙。
俺イズア役立たず。
そしてルークは作業に入ったらしく、隣の大佐が細かく指示を飛ばし始める。
こんなんじゃジェイドさんに頼ってもらうなんて夢のまた夢か、とがっくり頭を下げたところで、
視界に小さな生き物の姿を見つけた。ミュウだ。
足元あたりでぴこぴこと揺れる青い耳をほんの少しの間ながめてから、俺も顔を上げた。
視線の先には、凛と立つあの人の姿。
今はルークの作業を静かに見守っている。
足元にはミュウの気配。
一心にルークの背中を見つめている。
俺とミュウは、あまり話さない。
それは別に仲が悪いとかじゃなくて、ただ、あまりに“近い”から。
俺とミュウは似ていて、似ているから近すぎて、言葉が意味を持たないんだ。
だけど分かる。 何を考えているのか、どんな思いで、背中を追いかけるのか。
ルークを。 ジェイドさんを。
だから俺達はほとんど言葉を交わさないけど、それでも、伝わっているものはあると思う。
絆なんてたいそうなものじゃない。追いかける者のシンパシー。
足元にたたずむ小さな水色をちらりと見下ろして、微笑んだ。
そしてみんなに気付かれない程度に溜息を吐く。 それは自嘲に近かったかもしれない。
だって、最初はただ、側にいられれば良かった。それだけで構わないと思っていたのに。
いつからこんなにワガママになったのかなぁ。
きっと“ルークさん”に影響されたんだ、なんて、ちょっと責任転嫁をしてみたら、
作業中のルークがくしゃみなんかしたものだから俺はえらく肝を冷やした。
こ、これで失敗したら俺のせいか?
そんな不安が脳裏を掠めるも、特にミスには繋がらなかったようだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
そして一生懸命パッセージリングを調節しているルークの姿に、俺はふと自分の手を見た。
第七音譜術士になりたい、とまでは言わないけど、せめて譜術のひとつも使えるようになりたいなぁ。
ずっと焦がれるばかりで真剣に譜術を覚えようとはしていなかった。
でも、少し頑張ってみようか。
(……前に、)
進んでみようか?
「やった、やったぜ!」
再度考え込んでいたところに響いた声に、びくりと顔を上げる。
すると満面の笑みを浮かべたルークがティアさんに飛びついているところだった。
なんだか見てはいけないものを見た気がして恥ずかしいけど、
ここで顔をそらすのもまた恥ずかしい気がしてごまかしついでに俺も笑みを浮かべる。
「と、ところで大佐! どうしたんですか?」
「…………落ちますか?」
え、どこへ?
寒気のする怖い笑顔を浮かべた大佐だったが、
真剣に慌てる俺を見て、やがて深く深く心底呆れたような溜息をついた。
「パッセージリングの操作が無事完了しました」
「あっ、ああ!」
その言葉を聞いてぽくんと手の平に拳を打ち付ける。
そうだ、そのためにここに来ていたんだっけ。
ついさっきまでは認識していた事だったのに色々考えていたらみんな頭から飛んでしまっていた。
「瘴気に脳がやられましたか?」
「……ちょっと、その、考え事を……」
バツの悪さに目を泳がせながら呟くと、ふいに大佐が赤い目をすがめた。
怒られるか、と冷や汗を流しつつその顔を見返してへらりと情けなく笑う。
すると大佐はふぅとひとつ息をついて、肩をすくめた。
「大した考え事じゃなさそうですね」
「俺的にはけっこう大した考え事でしたよ!」
とっさに弁解するも信じてもらえたかは微妙なところだ。
しかも考えていたことを説明しようにも内容が内容なので出来ない。
あなたの役に立ちたいんですなんて、こんなビビリのままじゃ言えないし、
譜術のプロフェッショナルな大佐に譜術使えるようになりたいんですというのも恥ずかしい。
剣の達人にテーブルナイフの使い方聞くようなもんだ。
そんなわけで何も言えずに押し黙っていると、悪い知らせが飛び込んできた。
このセフィロトはルグニカ平野を支えていたらしい。
それが無くなった今、同じ地域にあるエンゲーブも危ないというのだ。
あの村で出会った人やブウサギの姿が脳裏を過ぎる。
思えば俺の旅はあそこから始まったんだ。 なのに、崩落なんて。
外殻へ戻ってエンゲーブの皆さんの避難を、というナタリアさんの言葉にみんなで頷く。
そして外へと歩き出そうとしたとき、ルークとティアさんが足を止めていることに気がついた。
なんだろう、と思った俺が戻るより先に二人も歩き出してしまったから、聞く事はできなかったけど。
ただティアさんの顔色が少し悪いような気がして、首をかしげた。
追いかける者同士、決して交わることはないけれど、
なによりも深いところで分かり合ってる。そんなチーグルコンビ。
悩むのは青春の証。
アビ主の考え事について。
またシェリダンがどうのレプリカでどうのなんて考えてるんじゃあるまいな、と
思ったけどアホな笑い顔を見るにそうじゃなさそうなのでひっそり安心するジェパパ。
少しずつ父性が表に露出していく。
スキット『シュレーの丘の由来は……?』より偽 追加会話
「だいじょぶか?」
ガイ「あ、ああ。 ていうかお前あの話聞いてよくビビってないなぁ」
「ゴースト系の魔物は怖いけど怪談は平気なんだ」
ガイ「……ワケわからんが意外だな」
「だって魔物は襲ってくるけど幽霊は見えないじゃないか」
ガイ「いやまぁ、そうだけどな」
「ハハハ。 あとは、身近に幽霊より怖い人がいるから!」
ガイ「……ああ……」
幽霊はタービュランスもフレイムバーストも撃たないし、槍も投げてこないじゃないですか。
(By.)
ひとまず生命に関わることじゃなければわりと平気なビビリ。
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