「砂漠で寄り道なんてしなけりゃよかった」



ルークさん節が今日も絶好調(?)なんです、が……。




【Act13-中継、こちらデオ峠です。】








険悪な空気をさらりとスルーして先に行ってしまった大佐を慌てて追いかけ、横に並んだ。
ほぼ廃道のわりに歩きやすい道を進みながら、ちょこちょこと後ろを振り返る。

そこには一団から少し離れて不機嫌そうに歩くルークさんの姿。
舌打ちをしたのか表情を歪めた彼を見つめて、俺は目を細めた。

なんだろう。
ルークさんずっと苛々してるというか、余裕がないというか。

―― いや、あれは、焦ってる?


(なぜ?)


ぱしり、と脳の裏側に走る何かを感じた。
だけどそれは本当に微々たる感覚で、俺が過ぎったものを正確に認識する間もなく、消えた。


「気になりますか?」


大佐の静かな声を聞きながら、ぼんやりと考える。


「気になるっていうか。
 なんか、俺ああいう感じ知ってるような気がするんです」


漠然とした何か。心の奥のほうでうずく記憶。
知っているはずなのに、思い出せない。


「分かる、のか、……なんというか、」


そのもやもやとした気持ち悪さに眉を顰めた。

緩くかぶりを振って、肩に圧し掛かる嫌な感じを振り払う。
そして気を取り直すついでに改めてルークさんのほうを見た。


あの気持ちを知っているかどうかはさて置いても、ここ最近のルークさんは本当に様子がおかしい気がする。

彼は優しい人だ。
そりゃ、世界を知らないがゆえの不遜な言動も多かったかもしれないけど、
ああいう意図的に誰かを傷つけるような事は決して言わなかった。

ここに来て、何が彼を追い詰めているのだろうか。



内心 首をかしげながら脇にあった木の幹に手を当てると、
そこでぎょろりと動いた両の目玉。

トレントさんいらっしゃいました


「ぅいへぁぎゃぁああああー!!」


峠に木霊する俺の悲鳴。
前や後ろを歩いていた皆がびくっと身をはずませた。


「木が! 木が! 目が! たいっ、大佐! 大佐ーぁ!」


震える右手で剣を構えながら、
左手で大佐の軍服の端っこを掴んで大泣きしている俺に、大佐が盛大な溜息を吐く。


「……あなたたちが本っ当に足して二で割れたらいいんですけどねぇ……」

「え!? な、なんですか!?」


俺の左手を即行払い落とした大佐は、
なんでもありません、と呆れ顔で言って詠唱を始めた。


にしても、こここ怖かったぁ!









峠の途中で休憩中。
俺は荷物から出した水筒を手に、低い岩に腰掛けるイオンさまに駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「はい……すみません、も」

「俺は平気です!
 みんなみたいに大切な任務とかありませんし」


兵士としてみんなを守る、っていうのはもちろん大切な任務だけど、
偉い人ならではの重圧や責任とは一番遠いところにいる。
そういう意味では下っ端は気楽なんだと思う。

とはいえ あまり大きな声で言うと大佐に怒られそうだから
ちょっと声を潜めて言うと、イオンさまが少し笑ってくれた。

それに安心しているうちに布を湿らしに行っていたアニスさんが戻ってきたので、
俺は一礼してイオンさまの傍を離れた。


そして皆から少し離れているけど周りの様子を確認しやすい場所にいる
大佐のところへ戻ろうとして、ふと足を止めた。


さらに離れた場所にひとり、ぽつんと座っているルークさん。


さっき響長が何か話しかけていたようだけど、
あまり時間の経たないうちに戻ってきた彼女はどこか哀しげで、それ以上に憤っていたようだった。

何の話をしたのか聞ける雰囲気でもない、けど、
ルークさんが響長にどういう態度を取ってしまったのかは何となく分かった。


ルークさんは何かに焦っている。

だけど俺にはそれ以上どうしようもない。
ああ、俺も大佐みたいに頭が良ければ、なんとか出来るのかな。

さんざん迷ったあげく、俺は荷物袋からもうひとつ水筒を取り出した。



「ルークさんっ」

「…………なんだよ」


鋭い視線に身がすくむ。
ま、負けるな俺。頑張れ俺。

しかし近くで見るとさらに、ルークさんの余裕のなさが分かった。
やっぱり様子がおかしい気がする。


「―― だいじょうぶですか?」


無意識のうちに口をついて出た言葉。
言ってしまってから俺ははたと口を手でふさぐ。

なんだ、俺、なんでこんなこと言ったんだ。

言っておきながら自分で慌てるも時すでに遅く、
ルークさんの顔があからさまに歪んだのを見て心臓が凍りつく。


「……お前まで説教に来たのかよ?」

「い、いえっ、あの、ルークさん」


「あーもう! うるせーなぁ! 向こう行け!」

「…………はいぃ」


がくりとうな垂れて、俺はその場を離れた。

さらに怒らせてどうするんだよ俺。
い、いや、まだチャンスはあるはずだ。 もうちょっとしたらまた話しかけてみよう。

決意新たに拳を握ったところで、気付く。
俺、あれ、水筒。

手の中でしっかりと存在を主張する水筒に、再び肩を落とした。
くぅ、渡しそこねてた。


遠くから様子を見ていたらしい大佐が鼻で笑ったのが聞こえないのに聞こえた。
あの動作は絶対そうだ。


「こ、今度こそ、今度こそだ」


ちゃんとルークさんとお話ししてみせる!
水筒を荷物袋に収めながら、俺はかげりはじめたお天道様に向かって決意した。


……あれ、

さっきまでお日様 ちゃんと出てたのに!?









もうすぐデオ峠を抜けようかというとき、襲いかかってきたのは六神将 魔弾のリグレット。

今度は一対七だしやっぱりこれは袋叩きというものだと思うんだけど、
勝てば官軍、勝てば官軍と大佐の言葉を必死に自分に言い聞かせた。
いや、でも、やっぱりどうだろう……。


最後に響長の譜歌をくらったリグレットは、
苦しげに膝をついたものの、すぐ立ち上がって後ろの崖の上へ飛び上がった。

そして銃の先をルークさんへと突きつけると、彼女は響長の名を呼んで、続けた。


「……その出来損ないの傍から離れなさい!」


出来損ない。
その言葉の意味を俺がちゃんと把握するよりも早く大佐が叫ぶ。


「やはりお前たちか! 禁忌の技術を復活させたのはっ!!」


がんと頭を殴られたようだった。
透明だった線が一気に繋がって、その姿を浮き上がらせる。

禁忌の技術。フォミクリー。
ルークさん。アッシュ。レプリカ。オリジナル。

できそこない。


(ああ、なんてこった)


ルークさんが、レプリカ。



いや、俺は分かってたはずだ。
体を操るなんてレプリカ側から早々出来るはずがない。

だからアッシュがオリジナルなんだって、俺は薄々気付いていた、はずだ。


足元がぐらぐらと揺れている気がした。
そして思わず頭を押さえた俺の耳に届いたのは、ジェイドさんの声。


「冗談ではない!!」


らしからぬ荒げられた声に、はっと顔を上げた。
そこには激情をあらわにした赤い瞳。 俺はとっさに彼の腕を掴んだ。


「ジェイド、さん」


どきどきと心臓が高鳴っている。
だってこんなふうに怒る彼は、俺だってめったに見ない。

ジェイドさんは俺をその赤い目に映すと、ふいに肩の力を抜いた。

一度 目を伏せて深く息を吐いたあと、ゆっくりと瞼を持ち上げたジェイドさんは、
もういつもの大佐の顔だった。


「―― 失礼、取り乱しました」


落ち着いた声で言った大佐に俺もほっと息をつく。
それと同時に大佐の腕を掴んでいた俺の手がスパンと振り落とされたのに心底安堵した。
よかった、いつもの大佐だ!



それに安心すると同時に、ちょっとだけ切なくなる。


(あなたがそんなに悔やむ必要は、ないんですよ)


他の人がどう思うかは分からない。
これはきっと、俺が大佐の傍にいる人間だからそう思うんだ。
大佐が楽になれるならそれでいいって、思ってしまう。

どこかの誰か、この技術で不幸になってしまった人には、
こんな考えは本当に怒られるかもしれない。


ねえ、だけど、大佐。
俺はやっぱり思ってしまうんですよ。

フォミクリーという技術を生み出してしまった事に、
貴方がそこまで責任を感じる必要なんか、無いんですよって。


思うけど、思うんですけど、どうしてもその一言を言えないビビリは俺です。
だってレプリカやフォミクリーの話は大佐にとって禁句だから、どうしても うかつなことは言えない。




……いくじなし。




俺の、いくじなしー!!








ルークがレプリカだと気付くも自分の思考にいっぱいいっぱいで、
いま混乱しているルークのことに気付かないアビ主。
後一歩 気づかいの足りない男

あらためて見ると この場面、各々の理由で各々が一番ピリピリしてるところだったんですね。
そりゃ険悪な空気にもなる。



偽スキット 『まったくもう!』

アニス「あーもうお坊ちゃまはワガママだし
    はなにかにつけて一々ビビるしー!!」

ジェイド「ああ、アニス。
     あの子をあまり怒鳴りつけないでやってください」

アニス「うわ、大佐が庇った。めっずらしー」

ジェイド「は小さな……特に女の子に怒られるのが苦手なんですよ。
     まぁ得意な人もいないでしょうけどね」

アニス「ふぅん……ていうか、それって私がお子さまってことですか!?」

ジェイド「いえいえ、言葉のあやです」
アニス「ぶー」

ジェイド「と、いうわけで、よろしくお願いしますよ。
     私も一々相手するのが本っ当に面倒くさいんで」

アニス「……本音そっちですか?」

ジェイド「いやいや。ハハハ。まさかそんな、当たり前じゃないですか



今度からもう少しに優しくしてあげようと思った。

(By.アニス)