「イオンさま〜! ご無事でホンットによかったぁー!」
俺が大号泣ですがりつくと、いつもどおりちょっと苦笑された。
そしてすみません、と言い掛けて、はたと言葉を止めたイオン様はなぜか目を丸くしていた。
「イオンさま?」
「いえ……ふふっ。
心配してくれてありがとうございます、」
だけどすぐに笑みを深めてそう言ってくれたイオン様に、
したたる涙と鼻水をそのままに俺も笑顔を返す。
イオンさまに何事もなくて本当に……、
「あ! 六神将に木の枝でつつかれたりとかしませんでしたか!?」
「はい、大丈夫です!」
「そうですか! それなら良かったです!」
「……たいさぁ、
あれ止めないといつまでも続くと思いますよぉ私」
「アニスがツッコんであげてください」
「ヤですよ〜、いちおうイオン様も楽しそうですしぃ」
「じゃあガイに任せましょう」
「俺か!?」
【Act12-これは綻びなんでしょうか。】
ひとしきり会話も落ち着いたころ。
何はともあれ無事イオンを救出できた、と安堵の息をついたガイの言葉をアニスさんが継ぐ。
「心配したんですからー」
ぷぅっと頬を膨らませたアニスさん。
冗談めかしてはいるけれど、心配していたのは本当だから、アニスさんは少し怒ってもいるみたいだった。
黙っていなくなっちゃいけませんよぅ、と人差し指を立てる姿は
まるでイオン様のお母さんみたいで、思わず口元が緩んだ。
そして怒られたイオン様は、しゅんとしてまた謝罪の言葉を述べる。
僕のために、と俯いた彼に「全くだ」とルークさんが声を上げた。
「ヴァン師匠が待ちくたびれてるぜ」
場の空気が嫌な感じに凍りつくのを感じて身をすくめる。
反射的に咎めようとしたアニスさんの言葉をイオン様が再度 謝罪で遮ったことによって、
なんとか場は事なきを……得た、と思う。
「ルークはルークで色々事情があるのさ」
まだ不満そうなアニスさんをガイが宥める。
俺は一度 前を歩くルークさんの揺れる髪を見てから、アニスさんに向き直った。
「そうです、アニスさん。
きっとルークさんは、え〜と、ちょっと口が滑っただけですよ!」
「いやそれじゃダメだろ!
結局 本音ってことになるんじゃ……」
ガイに慌てて訂正され、俺もびくっと肩を跳ねさせた。
「え、あっ!? あ、えーと、いや! 違います! 違いますアニスさん!
そうじゃなくて、きっとついうっかり思ってた事がペロッと出たんですよっていうか……!」
いや、これもダメか?
あたふたと言いつくろっていると背後から冷気が流れてきた。
肩越しに小さく振り返れば、逆光で眼鏡輝く大佐がいて、心臓がひっくり返りそうになる。
「黙って聞いてればさっきから貴方は何なんですか?
フォローがしたいんですか? 状況を悪化させたいんですか?」
「いいい、いちおうフォローがしたかったです……」
「どうせやるなら ちゃんとやりなさい。
まったく、助けたいんだか貶めたいんだか良い人ぶりたいんだか
真性ダメ人間なんだかも分からない中途半端なフォローは聞いていて不愉快です」
「そっ……なっ……ぐっ……うわあん!!」
「旦那! 明らかに口喧嘩 慣れしてないヤツにマシンガン嫌味は止めてやれ!」
あれでいてしっかり軍人気質な大佐はこういう事にわりと厳しい。
いや、やるなら徹底的に、は ある意味 学者としての考え方なのかもしれない。
何にしても優柔不断には容赦がなかった。
うう、大佐にはオールドラントが落っこちても勝てる気がしない。
だけどルークさん、ほんとにどうしたんだろう。
たしかに元々 口は悪かったけど、こんなことを言うような人じゃなかったのに。
それを不思議に思いながら、俺は少し首をかしげた。
*
山あり谷あり、砂漠あり六神将ありで、
ようやくケセドニアについた俺達の前には、やはりまた山があった。
例の頭痛がするとかで少し前から様子がおかしかったルークさんが、突如 響長に剣を向けたのだ。
不幸中の幸いなのか切りつける前にルークさんが気を失ったから
響長に怪我はなかったけど、ルークさんの意識がまだ戻らない。
ケセドニアにある宿屋の一室で、俺達はルークさんが起きるのを待っていた。
みんなの話し声をどこか遠くに聞きながら横目で大佐を窺う。
俺は、一応自分のことでもあったから、
フォミクリーに関する本や書類には一通り目を通した。
誰もいないときにこっそり見ていたはずだけど たぶん大佐にはバレてたと思う。
その中にいつだったか、完全同位体についての資料を見つけた。
しかし当時 自分にはあまり関係ないからと流し読みだったのが悔やまれる。
ていうか中身が難しすぎて正直よく分からなかったんだけど、
声が聞こえたり体を操られたりっていうのは、きっと完全同位体だからなんだ。
ルークさんと、あのアッシュってやつが。
「あのルークにそっくりな男に関係あるのでは?」
ちょうど思考に割り込んだナタリアさんの声に俺はハッと意識を引き戻した。
いつのまにかみんなの間でも話が進んでいたらしい。
きっともう全部分かってるはずだ。
だけど大佐はやはり、何も言わなかった。
ガイが苛立たしげに詰め寄ったけど、それでも大佐は何も言わない。
きっとあの二人は完全同位体で、
声が聞こえるのも動きを奪われたのもそのせいで、
そして、
どちらかがオリジナルで、
どちらかがレプリカなんだ。
今一度 目だけで大佐を見やる。
推測は、できたけど。
でも、ジェイドさんが何も言わないなら、俺も何も言わないです。
大佐の隣に所在無く立ち尽くしていた俺は、
情けなく眉を下げながら、口を真横に引き結んで少し俯いた。
導師さまからイオンさまに呼び方が変化していることに
自分で微妙に気付いてないアビ主と、気付いたイオンさま。
ビビリ矯正のためのジェイドさんの教育的指導。
中途半端なのわりと許せない完璧主義がチラリズム。
そのうちオールドラント落っこちますがアビ主はやっぱり勝てません。
そしてうっすら気付き始めたアビ主。
だけど親がつぐんだ口は子もつぐみます。
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