降りしきる雨の中、対峙する二人。
その寸分違わぬ姿を見て、
俺は微かな電気のようなものが背筋を駆け抜けていくのを感じた。
【Act11-我らザオ砂漠 横断部です。】
反射的に隣に立つ大佐を仰ぎ見る。
けど、大佐は見られていることに気付きながらも、ただそっと眼鏡を押し上げただけだった。
「……あいつ、俺と同じ顔……」
薄い硝子の裏に隠れた赤い目を思っていると、聞こえてきた呟きにハッとルークさんのほうへ向き直った。
彼はいまだ呆然と地面に座り込んでいる。
俺は、だいぶ迷ってから、ルークさんの傍に駆け寄った。
「ルーク、さん」
彼の隣に膝をつき、手を伸ばす。
「……気持ち悪ぃ」
肩に触れる直前、聞こえてきた呟きに俺はぴたりと動きを留めた。
気付いていない様子のルークさんから そっと手を引き戻す。
背中に赤の双眸を感じながら、俺は引き戻した手を、ゆるく握り締めた。
*
廃工場を抜けて、俺達はザオ砂漠を目指すことになった。
微妙な空気の流れる道中、
みんなから少し離れた位置を歩いているのは俺と大佐。
「ジェイドさん」
前を行くみんなの話し声をぼんやり聞きながら呼びかける。
するとすぐに、なんですか、と淡々とした大佐の返事が戻ってきた。
口を開きかけて、閉じる。
「……なんでもないです」
代わりに零れたのは頭にあった疑問とは全然違うものだった。
静かに俯いて、じっと自分の手を見る。
心を揺らしているのは はたしてルークさんの言葉なのか、
それとも、彼の肩に手をやる事が出来なかった自分自身、か。
頭に靄が掛かってるみたいに、答えが出ない。
「」
「はっ、はい!?」
考え事の最中に突然呼びかけられ、慌てて大佐のほうを見た。
大佐は俺のほうを見てはいなかったけど、いつになく真剣な顔で、正面を睨んでいた。
「これはあなたの足りない頭で考えてどうなるものでもありません」
「……はい」
情けない考えをめぐらせていたことなんてお見通しらしい。
がっくりと肩を落とす。
続けて、だから、と溜息交じりに零された声に、俺は そっと大佐を窺い見た。
「あなたはいつもどおりアホみたいに彼の周りをチョロチョロしていればいいんです。
余計な事は考えるんじゃありません」
少し、ほんの少しだけ、困ったように。
苦いものを噛み締めるように、表情を歪めたジェイドさんに、目を見開く。
俺は泣きそうになるのを堪えて笑った。
「はい、大佐」
まったくもう、この人はいつだってそうだ。
何でもかんでも背負い込まなくていいのに。
でも、それで少しでも彼の気持ちが軽くなるなら、
俺は出来る限りいつもどおりでいたいと思った。
*
真上から照りつける日差し、砂から照り返す太陽光、
照り付けられて鉄板並みの熱を帯びた砂から発せられる熱気、日差し日差し日差し……。
そんなところを歩き続け早数十分、
俺たちの口数はさっきとは違う理由で少なくなっていた。
「ナタリア、大丈夫かい?」
ふいに響いた気遣わしげなガイの声に顔を上げると、
少し青い顔をしたナタリアさんが慌てて背筋を正したところだった。
アクゼリュスの人たちのことを思えば、と強がる彼女を大佐がいさめる。
確かに救援に向かうはずの俺たちが救援される側になってしまっては本末転倒か。
「じゃあ響長は俺の影に、遠慮なく入ってください!」
「え、でも……その、?」
「どうぞ!」
戸惑う響長を前に元気よく返事をした俺を見て、
大佐はやれやれと言わんばかりに首を横に振った。
「まぁそういう気の利いたセリフを言えた事は褒めてあげますが、
ティアだって自分以上に倒れそうな人に言われても困ると思いますよ」
「何を言うんですか大佐! 俺はものすごく元気です!」
「それは真っ直ぐ歩けるようになってから言いなさい」
照りつける日差し、熱された砂からの照り返し、
そして辺り一帯をあますことなく覆う熱気、日差し日差し日差しの中、
俺の足取りは生まれたての小鹿でした。
た、確かに体はちょっとブルブルしてるかもしれないけど心は健康です!
「……ちょっと待てよ、なんで俺はひさし扱いにならねぇんだ?」
ふと訝しげな顔でそう零したルークさんを、「背が低いからじゃないか」とガイが一蹴する。
ルークさんはどうやらそれを気にしていたらしい。
この暑さも手伝ってか語気 荒く拳を握り、今に伸びると自分に言い聞かせるように叫んだ。
「大丈夫ですよルークさん。
ルークさんならきっと今にバチカル城もびっくりなくらい大きくなりますよー」
「お前は俺を何にする気だ!!
つーか全体的にでかくなりたいなんて言ってねぇ! 背だけでいいんだよ背だけで!」
怒鳴りながら俺に詰め寄ったルークさんが、ふと真顔になった。
そしてまじまじと俺を見たかと思うと、信じられないというように表情が歪む。
「いくつだ!」
「いちおう二十五歳ということで……」
「年じゃねー! 背!背だよ! 身長!」
「い、一メートル七十七、です」
ガンという音が聞こえてくるような顔だった。
暗黒色の何かがルークさんの頭上に立ち込める。
「ひゃくななじゅう、なな……?」
「ル……ルークさん?」
俯いて呆然とするルークさんをそろりと覗き込む。
するといつになく据わった翠の目が俺を睨んだ。心なしか涙目だ。
「オマエもう俺の半径三メートル以内に近づくな!」
「えぇええ! そんな、ルークさぁん!!? なんでですかー!?」
「うるせえ!!」
足取り荒く歩き出してしまったルークさんを慌てて追いかける。
泣きつく俺と怒るルークさんの声がぎゃあぎゃあと入り混じる中、
大佐とガイが後ろで ぼそりと呟き合った会話は、俺たちのところまで届く事はなかった。
「くやしかったんだな……」
「まあ六センチ差があれば気付きそうなもんですけど、固定観念って恐ろしいですねぇ」
「のやつ気が小さいし、
何となく背まで小さく見えてたんだろうなぁ……」
「実際いつもビビッて体小さくしてるから、あまり真っ直ぐ立つ事ありませんしね」
「並んで立つ事も少なかったしな」
そして俺がルークさんに半径三メートル立ち入り禁止令を取り下げてもらうのには、
それからしばらくの時間を要した。
……よ、よよよよかった……許してもらえて……!
*
落ち着きを取り戻したパーティには、またしても静寂が広がっていた。
ただ太陽のきらめきだけが嫌になるほど饒舌だ。
暑さから少しでも気を逸らそうと何か思考をめぐらせようとしたところで、
脳裏を過ぎった優しい緑色に、俺は肩を落とした。
「導師さま大丈夫かな」
「そうだよね、イオン様……」
アニスさんも心なしか沈んだ声で同意する。
同じダアトの人なのに、モース様も六神将も味方じゃないなんてあんまりだ。
「おそらく平気ですよ。
あの様子じゃ殺される事はまず無さそうですから」
この暑さから一人隔絶されたような涼しい顔で大佐が言葉を継いだ。
あくまでも表面上が、だけど。 腹の底はどんなものやら、考えるだに恐ろしい。
俺は出来る限り大佐の様子を頭から締め出して、導師さまのことに集中した。
「だけど急がないと、
導師さまが怖くて泣いてらっしゃるかも知れないじゃないですか!」
「あっはっはっは。そんなまさか、あなたじゃないんですから」
「導師さまぁー……」
木の枝でつんつくつんつくと突付かれて泣いている導師さまの映像が脳裏を過ぎる。
ああ、六神将め導師さまになんてことを。
考え事で気を逸らすどころか気分はズドンと落ち込んでいく。
「う〜、でもホント、早くイオン様を見つけないと」
「大佐が言ったように命の危険はないと思うけど、心配だわ」
みんなの話し声を聞きながら俺は太陽浮かぶ空を見上げて、溜息を吐いた。
どうかご無事でいてください、
……イオンさま。
これは私の罪なのだから、あなたが要らぬ重荷を背負う必要は無い。
廃工場後、大佐流なぐさめ。
砂漠。いっちょまえにフェミニスト。
話の進行具合にあわせて「ビビリ→みんな」の呼称も何となく変化していきます。
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