【Act10.2-アクゼリュス救援隊、出発です!】
「そういうわけで私はアクゼリュスへ向かいますが、どうしますか?」
「は?」
二度目の王様謁見に耐えられる自信がなく城の前で待っていた俺は、
出てくるや いなや開口一番そう言った上司の笑顔を見返した。
「え、は、いや、そういうわけでとか言われても俺、え?」
「物分りが悪いですねぇ」
大佐が ハーやれやれと肩をすくめた。
……今の俺が悪いんですか?
直後、何事もなかったかのように説明を始めてくれた大佐に、
ようやく自分がからかわれていた事に気付いた。 い、いつもこれだ!
「――ということで、親善大使としてルークが、
同行者として私たちがアクゼリュスへ向かうことになったのですが、貴方はどうしますか?」
今度はちゃんと説明をしてくれた大佐は、
最後にさっきと同じ言葉を付け足した。
どうしますか?と。
親書に救援について書いてあったって事は、
大佐のアクゼリュス行きは最初から決まっていたんだろう。
しかし途中までこの和平交渉の裏事情すら知らされてなかった俺は、当然ながらそれを知らなかった。
上司から任務内容を聞かされてない以上、俺の兵士としての仕事はここまでだ。
“バチカルに親書を届ける”は確かに達成したのだから、このまま報告書を預かってグランコクマに帰る事も出来る。
どうする、というのはそういうことだろう。
渡された選択肢を少し頭の中でぐるぐる回す。
そして、俺はキッと顔を引き締めた。
「大佐と、ルークさんが行くというならお供させて頂きたいと思います」
そう返した俺に大佐は、おや、というように
ほんのちょっと目を丸くして小首をかしげたが、すぐいつもの笑顔に戻った。
「で、本音は?」
引き締めたばかりの顔は、あえなく歪んだ。
「……超怖いんですよぉおおお!!!」
「まぁそうだろうとは思いました」
*
廃工場へ向かう途中に立ち寄った港で、
背後から突如 響いた怒声に、俺はびくりと身をすくめた。
「兄の仇っ!!」
瞬間的に全身を覆った緊張がほぐれたときには、
すでに大佐が見知らぬ男を槍の柄で跳ね除けた後だった。
「兄さんは死体すら見つからなかった、
死霊使いが持ち帰って皇帝のために不死の実験に使ったんだ!」
どっくんどっくんと心臓が高鳴る。
お、落ち着け俺。 大丈夫……大丈夫……アレは大人でしかも男じゃないか……。
「なんだアイツ、馬鹿じゃねぇの?」
ルークさんの声を遠くに聞きながら ようやく呼吸を落ち着けた俺が顔を上げると、
すぐさま細められた赤と目が合って、今度は違う意味で大きく身を震わせた。
そうだ俺。上官守らなくてどうする俺。
いくら大佐の方が強いとはいえ体がすくんで動けませんでしたとかマズすぎる。
「あ、あの、大佐……も、もも、申し訳ありませ……」
恐る恐る進み出ると、大佐は心底呆れたような溜息を吐いた。
職務怠慢で怒られるかと思いきや、赤の目は明らかに違う事を物語っていた。
大佐の言わんとすることに気付いて俺は殊更小さくなる。
あれは、あなた本当にどうしようもないですねぇ、の目だ。
「あなた本当にどうしようもないですねぇ」
「ホントに言われたーぁ!!」
「いい加減 ソレを直しなさい。
こんなこと戦場では日常茶飯事です、一々固まっていては死にますよ?」
「頭では分かってるんですけど……」
ぼそぼそと小声で話し合っていると、
前から聞きたかったことがあるんだけど、というルークさんの声に、
俺達はパッとそちらへ向き直った。
*
そしてバチカル廃工場。
全体的に薄暗い中には、皮膚に張り付く嫌な湿気と廃油の臭いが立ち込めていた。
天空客車から降りるが早いか、俺は一番近くに居たガイの腕をすばやく掴んだ。
「おい、?」
「ガガガガガガイ手ぇ離さないでくれよっ! なっ? なっ!?」
振り返ったガイが二の句を告げる間もなく、さらに強くしがみつく。
いつものことだけどもうプライドどころじゃない。
「……あ〜、旦那?」
「いりません」
「即答かよ!
うう……何が哀しくて男の手を引いて歩かなきゃなんないんだ……」
そう言わずにお願いします。
だけどガイは良い人だから、そんなことを言いつつも振り払いはしなかった。
きっと大佐だったら一も二も無く叩き落とされてるんだろうなぁ。自分で考えてちょっと哀しくなる。
廃工場内を少し進んだところで突如 現れたのは、なんとナタリア殿下。
「見つけましたわ」
ゆったりと微笑んだ彼女を、
皆は驚いて、俺はガイの左腕にへばりついたままぽかんと眺めた。
どうやら付いてくるつもりらしいのだけれど、
当然というか何というか みんなから反対されナタリア殿下は不服そうにキリッと眉をつり上げた。
「その頭の悪そうな神託の盾や 無愛想な神託の盾や、
臆病そうなマルクト兵士より役に立つはずですわ!」
言いながら彼女は、
アニスさん、響長、そして俺、と順繰りに指差す。
「返す言葉もありませんねぇ」
「はい大佐! ぐうの音も出ません!」
「……いや、そこは元気よく頷くところじゃないだろ」
ガイの静かな突っ込みは、場の喧騒の中にそれとなく流されていった。
*
歩き続けるうちに、さすがにちょっとここの雰囲気にも慣れてきた。
俺はようやくガイから離れて歩きだす。
廃工場というだけあって、中はあちこちガタが来ていた。
今にも壊れそうなダクトの上や、高めの段差を通りながら、俺はふと前を行くナタリア殿下に駆け寄った。
「ナタリア殿下、ちょっと道きついですけど……大丈夫ですか?」
彼女を覗き込むようにしながら話しかけると、
なぜか不満げな視線が向けられて、少し後退る。
「な、ナタリア殿下? どうしました?」
「だーかーらっ、敬語は止めてくださいまし! あと“殿下”も!」
「すみませっ……じゃなくて、えぇええと、ごめんなさい! いやゴメン!
だけど呼び捨てってのは本当に勘弁してくださ……してくれ、よ!」
しどろもどろになりながら何とか修正を試みるも、
染み付いた下っ端 精神はそう簡単に消せそうもない。
「ダメです、ちゃんとナタリアと呼んでくださいな」
「で、でも、だって……。
………………〜〜っ、ジェイドさぁん……」
救いを求めて視線を送ると、大佐は めんどくさそうな顔をしたものの、
ふぅと溜息をついて助け舟を出してくれた。
「まあ敬語についてはに改善させるとしても、彼は一般兵です。
王族に対して敬称なしというのは厳しいでしょう。
さん付けくらいで妥協してあげてはどうですか?」
「……仕方ないですわね」
渋々ながら頷いたくれたナタリア殿下、もといナタリアさんに涙目で詰め寄る。
「ありがとうございますナタリアさん〜!!」
「敬語!」
「ありがとうナタリアさん!」
ぴしゃりと指摘され、慌てて言い直す。ダメだ慣れない。
だけど敬称だけでも付けさせてくれて本当に良かった。
王家の人に対して呼び捨てタメ口なんて俺の心に悪すぎる。
前を見れば誰よりも張り切っているナタリアさんの背中。
後ろにいる大佐たちは、何やらぼそぼそと話しているようだった。
「お守り役は大変でしょうねえ、同情します」
「あんたはお守りしないって口ぶりだなぁ……」
「はっはっはっ、当然じゃないですか。謹んで辞退しますよ。
私はもう臆病な十歳児で手一杯ですから」
「はぁ?」
怪訝そうなガイの声を聞きながら、前列で俺はひとり ビクッと体を震わせた。
ナイスガイは苦労人。