【さらさらゆれる-3】











まさか本名ではないだろうが、アビスゴールドと名乗ったその男は、
なるほど確かに金色の髪をしていた。


そしてどうも自分は憂さ晴らしの機会を逃したらしいと悟ったユーリの隣で、
何やら立ち尽くしていた大男の顔色がさっと青く染まる。


「テメェあのときの!?」


大男が半歩後ずさりながら人差し指をつきつけると、
金の髪をした男は「おっ、覚えてたか」と満足げに言う。


「なら話は早いよな。 また俺の技、くらいたいか?」


青の双眸を片方ぱちりと閉じて、意地悪く笑みを浮かべた。

大男は何やら悪態をつこうとしたようだったが、
その口からは何の音も零れないまま、ただはくはくと空気だけをはんでいる。


しばしの沈黙。

どこか遠くで鳥が鳴いた。


それを合図にしたように大男は目を回したままの小男を引っ掴んで、
脱兎のごとく走り去って行ってしまった。

周囲でそれとなく様子を窺っていた通行人たちも、
事の終わりを感じて、また日常に戻ってしまえば。


この場に残されたのはユーリと、もうひとり。


「いやいや災難だったなぁ」


とても災難を労う表情には見えない愉快げな笑みと共に片手をあげた男に、
ユーリは軽く後頭部をかきながら口の端をあげた。


「……ま、一応 礼言っとくわ。 さんきゅ」

「何、気にするな。 人助けは正義の味方の責務だ!
 いや俺としては美しいお嬢さんを助けるほうが良かったがまぁそれはそれとして」


男は後半を独り言のように呟きながら一度ユーリの目の前を通り過ぎる。

そして途中でひょいとしゃがみ込んで、
先ほど小男を吹っ飛ばすのに使った箱を拾い上げた。


「まったく、あいつらに持たせてやろうと思って買ったのに台無しだな」


そう言って箱の表面を手でかるく払いながら、逃げた二人に向けての悪態をついている。
……じゃあ投げんなよ。

思わず半眼になったこちらの内心を聞き取ったわけではないだろうが、
金の髪をした男はふいにユーリをかえりみて、意味ありげに笑う。


その顔の隣には、グランコクマ団子おでん味、と
流れるような渋い字体で大きく書かれた薄い長方形の箱が、掲げられていた。









「うまい。 さすがグランコクマ名産だ」

「……いや、うまいけどさ」


確かに団子は美味い。

少し前に全力投球されたせいで、
若干くずれた見た目の分を差し引いたとしても申し分ない。


しかし、なんだろうか、この状況は。

隣には相変わらずテンションの高い金の髪の男。

賑わう街並みをそれとなく眺めながら欄干に肘をかけて、
ユーリは手にしている団子の刺さった串を指の先でもてあそぶ。


「で、結局あんたは何なんだ?」

「さっき言っただろ。 正義の使者アビスゴールド」

「そうじゃねえっての……あー、まぁいいや。
 そのアビスゴールドにちょっと聞きたい事あんだけど」

「ん?」


串に残った最後の団子一個を器用に食べた男が、視線をこちらに向ける。


とはいえどう聞いたものかと、己の現状の異質さを含めて考えたが、
元よりそういう回りくどいことは苦手な性質だ。

早々に思考を纏めることを諦めて、とりあえず思いついたものから訊ねることにした。


「ここはグランコクマって街なんだよな」

「なんだお前、迷子か?」

「別に迷子っつーわけじゃない……はずなんだけどな……」


色々あるんだよ、と適当に言葉を濁してから、苦笑して頭をかく。


迷子という単語に引っ張られて脳裏に浮かんだ、ある男の姿。
今の自分があいつと同じ“迷子”の立場にあると思うとやや複雑で、
同時にちょっとおかしかった。

そんなこちらの様子をどうとったのかは知らないが、
男はひょいと片眉をあげて笑みを浮かべると、その視線を街並みのほうへ滑らせる。


「ここは水の都グランコクマ。 美しい街だ」


街の名を歌うように語る男の表情は、
最初に場所を訊ねた女性と同じ、愛するものを誇る、自信にあふれたものだった。


そして、さっきは悪かったな、と男が言う。

謝罪の意味を問う代わりにユーリが首を傾げると、
さっき絡んできたごろつき共の事だと相手は肩をすくめた。


「今は世界中が少しばかり慌ただしいからな、気が立ってるんだろう。
 多分そう悪い奴らじゃないと思うんだが」


子の非礼を詫びる親みたいな顔で苦笑する姿に、
ユーリは先ほどの男の動きをなぞるように、肩をすくめて笑ってみせた。


「気にしてねぇよ」

「そうか、助かる」


男はそう言ってゆるりと微笑む。

そうしている姿は自分より年上に見えるのだが、
アビスゴールドだ何だと騒いでいる様子はまるで子供のような、
非常に年齢の分かりづらい、金の髪をしたこの男。


己がここに至る経緯、グランコクマという街、アビスゴールド、美味い団子。

まったくわけは分かっていないが、まぁ何か吹っ切れてきた。


とりあえずこれを食べ終えてから全てを始めることにしようと、
ユーリは串に残った最後の団子をほおばった。


「そういやぁ」


そのとき男がふと思い出したようにあげた声を聞いて、
頬に団子を詰めたまま男のほうを向く。


「お前さん何ていう名前なん、」




瞬間。


青白い閃光のようなものが眼前を駆け抜けた。





数秒ほど、思わず目を丸くして固まったユーリは、
まず閃光の向かった方向に目をやった。

青白く丸っこい物体を顔面にひっつかせたまま
仰向けに倒れこんだ男がいる。

とりあえず全く命に別条はなさそうだったので、
次は、その青白い物体が飛んできたであろう方向に視線を向けた。


すると。



「やぁあっとつかまえたー!」



響き渡る、懸命なのにどこか情けない声。

下がりきった眉尻と、ちょっと涙の滲んだ、やっぱり何だか情けない顔。



「もう何してるんですか!!
 こんな、……とこ、で……」


どんどん小さくなっていったその声が、やがて途切れる。

そのままぽかんと口を開けたまま動きを止めてしまった相手に、
ユーリはつい噴き出しかけた口元を押さえ、それから改めて、柔らかな笑みを乗せた。


そこでようやく一度おおきく瞬きをした青年が、ゆっくりと口を開く。



「…………ユーリ?」



それは見知らぬ街の片隅で果たした、

まったく予想外の見知った顔との、



「よう、




再会。










華麗に放置、アビスゴールド。

わりとサラッとゴールドさんの勢いに流されたユーリは、
実はちょっと団子に釣られた甘党ローウェル21歳。


そういえば絡んできたチンピラコンビは
マルクト帝国騒動記で出てきた人たちです。