【さらさらゆれる-2】










川に手をついて、気が付いたら街の中。


何だソレ明らかに繋がってないだろうが、とぼやいたところで、
誰が答えをくれるわけでもない。




見事な噴水が設置された広場の片隅。

街の賑わいに背を向ける形で欄干に肘をついたユーリは、
目の前に広がる水の流れを見下ろして、小さく息をついた。


「まったく……わけわかんねぇ」


例えばここが魔物溢れる洞窟だったなら、まだ考えようもある。

だがこの広場に辿り着くまでそれとなく様子を観察してきたが、
見れば見るほど普通の街にしか見えないから、余計に面倒だ。


ただ、結界らしきものが見当たらないのが気掛かりなくらいか。

街を守る結界魔導器シルトブラスティア
魔物に満ちたこの世界で人間が暮らしていくため、それは無くてはならない物だった。


しかし芸術だとか景観の為だけとは思えないほど、街中に張り巡らされている水の流れを見ると、
もしかしたらハルルの木のように、ここでは水と魔導器が一体になっているのかもしれない。

リタではないから、原理はさっぱりだが。


「水の都か。 まさにだな」


至るところを流れる透き通った水に目をやって、肩をすくめた。
少し下町に分けて貰いたい程だ。


まぁその程度のささいな違和感はあるし、
自分がここにいる状況、というかここに至るまでの経緯は、明らかに異常だ。

しかしだからとこの街が異常かと聞かれれば、それには首を横に振るしかない。


まったく見知らぬ、しかし、変わらない街並み。


「……幻の街だとか言わないだろうな」


ユーリが僅かに顔を顰めて、そうぽつりと呟いたとき、
ふと背後から響いた雑な足音と共に、ふたつ、影が掛かる。


「よお、ネエちゃん。 暇そうだな」

「待ちぼうけかァ?」


ああまったく。
どんな場所にも、ひとの虫の居所が良くないときに限って、
飛び込んでくる違う虫がいるもんだ。

肩越しに相手を振り返り、口の端を上げて皮肉げに笑った。


「声かけんなら見当違いだぜ。 それともそっちの趣味か?」


いかにもな風体をした大男と小男の二人組は、
一瞬呆気に取られた様子をみせた後、はっとしたように顔を歪めた。


「……あっ、テメ、男かっ!?」

「ご名当」

「野郎まぎらわしい髪しやがって!!」

「知るかよ、お前らが勝手に間違えたんだろ」


だが自分が置かれている状況よりかは、このほうがよっぽど分かりやすい。
少しばかりうさ晴らしでもさせてもらうとしよう。


浮かんだ笑みをそのままにちょいと指先を動かして挑発すれば、
いとも簡単に怒りで顔を赤くした男たちが拳を握る。

あのとき川べりに置いてきたのか手元に武器は無かったが、
元よりただの喧嘩で剣を抜く気もない。こちらもゆるく拳を握った。


それを合図にして小男のほうが足を強く前へ踏み出そうとした瞬間、

視界の真ん中から左へ、そいつの体が吹っ飛んだ。


……まだ殴ってねえぞ。


仰向けに倒れ込んですっかり目を回している様子の小男の脇には、
土産物の菓子でも入っていそうな、包装された薄い長方形の箱が転がっている。

どうやらあれが奴を吹っ飛ばしたらしい。
残されて呆気に取られた顔の大男ともども、箱が飛んできた方向へ視線を向けた。


「なんだアンタ」


行き場をなくした拳をほどいて横でぷらぷらと振りながら、
ユーリはその先で仁王立ちする、箱を投げたと思しき男に声を掛ける。


するとその男は「そうだな」と独り言のように呟いて、

何やら短く考えるそぶりをみせた後、にっと楽しげに笑った。





「アビスゴールドと呼んでもらおうか!!」





だから、誰だよ。








登場アビスゴールド。
そして暴れそこねたローウェルさん。

すぐ傍に仲間や守るものがいないときのユーリは、わりと無茶をやるイメージ。
ちょいと喜々として喧嘩を買ったり売ったりしてみる下町っ子。