(――うたがきこえる)







【Act92-ただいまの約束。】









とても長くて、あっという間の旅だった。



怖くて、

つらくて、

哀しい旅。



楽しくて、

うれしくて、

温かい旅。




『ごめんなさい、連れがあんな態度で』


 『ほんとに臆病ね。……私は平気よ、だから泣かないで』


  『ルークはあなたに謝ってほしくて怒ったわけでは、ないと思うわ』



ティアさん。





『チッ、お邪魔虫が』


 『暗くなったらそれこそ空気重いじゃん』


  『……ご飯は、のオゴリだからね』



アニスさん。





『よろしくな、


 『喧嘩ってお前、ハハッ、そっかそっか!』


  『お前ももう、自分の好きなもの、見つけてもいいんじゃないか』



ガイ。





『その頭の悪そうな信託の盾や無愛想な信託の盾や、
 臆病そうなマルクト兵士より役に立つはずですわ!』


 『私は、の話が聞きたいのです』


  『恐がりで、涙もろくて、やさしい……私はそんなが“大好き”ですわ』



ナタリア。





『頭を冷やしなさい』


 『食べないなら、捨てますよ』


  『行けますね』



ジェイドさん。





『なんで俺が謝るんだよ』


 『俺たち友達なんで!』


  『ケンカは両成敗、なんだろ』



ルーク。








――それはとても


とても たいせつな、旅でした















上階から響いていた戦闘の喧騒が止み、息が詰まるほどの重圧が消えた。

足下にいたミュウが駆け出した気配を感じながら、
俺は大階段を背にする形で、剣の柄に手を添えたまま、その場にとどまった。

ミュウと入れ替わるようにひとつ、足音が降りてくる。


「行かなくていいんですか」


その問いに、首を横に振って答えた。


「オレの役目はまだ終わってませんから」


退路を確保すると言った。
だからみんながここを通り過ぎるその時まで、動くわけにはいかない。


「貴方も大概、融通のきかない性格ですねぇ」


“貴方は”ではなく“貴方も”と言った上司は、
そのまま俺の横を通り過ぎて、振り返らずに歩いていった。


ふたつめの足音。
ガイが労うように俺の肩を叩いて行った。

みっつめの足音。
アニスさんは俺の背中に一度抱きついてから、ぐいと目元を拭ってまた歩いていった。

よっつめの足音。
ナタリアは「よろしいんですの?」と言って気遣わしげに俺を見る。
頷いて返すと、哀しげに目を伏せながら離れていった。

いつつめの足音。
腕にミュウを抱いたティアさんが、俯いたまま、静かに俺の横を通り過ぎる。


むっつめ。


むっつめの足音は、しなかった。


握りしめていた剣の柄から、するりと掌が離れて落ちる。

地響きが大きくなった。
エルドラントは、もうすぐ崩壊するのだろう。

足に伝わる振動に促されるようにして後ろを振り向く。



――上へ向かうための長い長い階段はすでに、中程から大きく、崩れていた。




そちらへ踏み出しかけていた足をゆっくりと引き戻し、背を向けて歩き出す。

少し歩調を早めて先に行ったみんなの後を追えば、
思いのほか、すぐに追いつくことが出来た。

そのまま青い軍服の隣に並ぶと、静かな声が空気を揺らした。


「胸は貸しませんが、見ないふりくらいならしますよ」

「え?」

「泣いたらどうですか」


こちらを見ないまま告げられた言葉に目を丸くする。


「泣くなって言われたことはたくさんありましたけど、泣けって言われたの初めてだ。
 なんだか不思議な感じがしますねぇ」


しみじみと呟けば、その瞳がようやく俺を捉えた。
細められた赤を見返して微笑む。


「泣きませんよ」


そっと目を伏せて、上を向いた。


「……泣きません」


薄く瞼を開ければ網膜に染みつくような夕暮れ。優しい赤色。

足を止めずに歩き続ける俺の頭に触れた手は、すぐに離れた。

それと同時に歩調を速めて先に行ってしまった背中に、
何か声をかけたいなと思ったけれど、何も言葉にならなかった。


「ジェイドさん」


だから、ただ色んな気持ちを込めて、大好きな名前を呼んだ。


離れていく背を追って地面を蹴る。
後ろは振り返らない。その必要はなかった。

だって俺がルークと交わしたのは、別れの言葉なんかじゃない。

ルークにはそんなつもりはなかったかもしれないけど、
それでも、俺のとても一方的な祈りにも似た、それは。




“いってらっしゃい”


“いってきます”










――――「ただいま」を聞くための、約束。