【Act9-連絡船キャツベルトで行く、】








海原を一望できる大窓のある、操舵室を模した一角で、俺はひさしぶりに大佐と二人きり。
いろいろあったけどやっとバチカルに行けるんだ。

イミテーションの舵をきゅるきゅると回しながら、後ろにたたずむ大佐を笑顔で振り返った。


「穏やかな海ですねぇ」

「はい」


「心が洗われますよねぇ」

「ええ」


「暇があったら泳ぎたかったですねー」

「そうですね」


しかしジェイドさんは考え事をしているようで、
さっきから何を話しかけても「はい」「ええ」「そうですね」しか返って来ない。

俺としては無視されないだけでも嬉しいから構わないけど、
やっぱり例の音機関(たぶんフォミクリー装置)のことを考えているんだろうか。


……ジェイドさんは考える事が多くて大変だなぁ。
俺なんかはどうせ考えても米粒ひとつの案も出ないし、どう頭を動かしたらいいのかも分からない。

だけどジェイドさんはなまじ頭が良いもんだから、いつだって何かを考えてしまうんだろう。
たまには頭も休めたらいいのにと思う。


きゅる、とまたひとつ舵を回して、俺はちょっと口を閉ざした。
顔の向きを正面に戻せば陽に照らされて光る海が見える。


「大佐」

「はい」


「ちょっと、展開が怒涛のようだったんで聞きそびれてたんですけど、」

「ええ」


「やっぱりタルタロスのみんなはダメだったんですよね」

「そうで――……、」


機械的に繰り返されていた返事が、はじめて調子を崩した。
背中に視線を感じながら俺はまた舵を回す。 きこ、と錆びた金属の音がした。

俺だって軍人だ。
生存率とかその可能性の低さとか、気付いちゃいたけど。

短い溜息が耳に届く。


「ええ。しっかりとした確認は取っていませんが、おそらく生存者はいないでしょう」

「そうですか」


俺は正式な第三師団じゃないけど、大佐の後をついてまわってる関係で結構 顔をあわせた。
一緒に話したりご飯食べたりしたこともある。

もちろん良い奴ばかりじゃなくて嫌な奴もいたし、仲が良くない奴もいたけど、
それでも顔見知りが死んでしまうのはやっぱり変な気持ちだ。


「でもなんか、実感ないです。みんな死んだなんて」

「あなたは艦橋の惨状を見る前に離脱しましたからねぇ」

「へ?」


そうでしたっけ?


「いやー、空中遊泳は楽しかったですか?

「そ、その件はもういいでしょ!?


この調子だと帰った後 陛下に報告されかねない。
『マルクト兵 グリフィンにさらわれ一時行方不明も奇跡の帰還』の見出しが躍る号外が
グランコクマ中にバラまかれる恐ろしい未来を想像した。


何とか未然に食い止めねばと必死に大佐へすがりついていると、聞こえてきた足音。
会話を止めて舵の向こう側にある階段に目をやった。


「なんだ、お前らかよ」

「ルークさんっ!」


覗いた赤い色に、目を輝かせて身を乗り出す。
俺が犬だったら確実に尻尾が大回転しているだろう反応を見て、ルークさんが少し照れ臭そうに顔を顰めた。
それを見て俺は、これ以上無いくらい口元を緩める。


ああ、やっぱり、ルークさんは大佐に似てるなぁ。







「あなたはいつか、私を殺したいほど憎むかもしれませんね」


怪訝そうに戻っていったルークさんの背中を見送ってから、
舵の模型を背に体育座りで座り込んだ。

冷たい金属の音をさせて、眼鏡を押し上げた大佐。
その奥にある真っ赤な目は、今は光の反射に隠されて見えない。


とても頭の良い上司の考えは俺にはまったく読めないけれど、
とりあえず、浮かんだ思いをそのままに、ぽつりと零す。


「俺は、ジェイドさんのこと好きですよ」


何にもわかんないけど、それだけは確かです。


ジェイドさんはほんの少しだけ驚いたように目を見開いた、ように見えたけど、
俺が一度まばたきをした後にはもういつもの大佐の顔だったので、見間違いかもしれない。

大佐は例の人を小ばかにする溜息を吐きながら肩をすくめて、首を横に振った。


「それはどうも。
 いやはや、嬉しすぎて寒気がしますねぇ」

「えぇえええええ」



……やっぱり、見間違いだ。









ケセドニア、マルクト領事館前。
時折おそいくる砂煙に口内を侵食されつつも、なんとかにっこり笑って右手を顔の脇に掲げた。


「えー、こちらが世界の流通拠点ケセドニアです!」


マルクトの人と大佐やヴァン謡将が話をしている間、
俺はルークさんに観光ガイドよろしく街の説明をしていた。

とはいってもルークさんが望んだわけではなく、
単に俺がやることがなくて寂しいから勝手にしてるんだけど。


「このオールドラントのありとあらゆる物は
 どれも必ず一度はケセドニアを通ると言われるほど、マルクト、キムラスカ、
 どちらにとっても肝心カナメ、絶対不可欠 なくっちゃならない大事な街で、」

「オールドラント」


「そう! オールドラントのありとあらゆる物はどれも必ず……」


笑顔で続けて、はたと後ろを振り返る。
そこには うさんくさいほど輝かしい笑顔の大佐。


「どこ話してたか分かんなくなっちゃったじゃないですかぁ!!」

「何で私に言うんです? のミスでしょう。
 私はただなんとな〜く、最初のころに出てきた単語を後ろからこっそり言ってみただけですよ」

うわああん“なんとなく”超不自然ー!!



「……えーと、マルクトからキムラスカへ輸出される農作物や薬草はな?」



俺が大佐に詰め寄って泣いてる間に、

後ろではガイが丁寧にルークさんへの説明を続けていた。






俺が大好きな人たちは、大好きって気持ちを向けられるのが苦手で、
すごく不器用な、優しい人たちです。


そして素直じゃない三十五歳。

良いとこもってくナイスガイ。