【Act77.2-火山とカレーの因果律。(後編)】
相変わらず、尋常じゃないほど暑い場所だ。
生き物みたいにうごめくマグマを視界の端に見やりながら、額の汗をぬぐう。
あの、もはや“赤”の一言では表せないほど強烈な自然の色合いさえ、
あいつの手にかかれば「ジェイドさんの目の色」で括られてしまうのだろうか。
そんなことを考えながら、同じく暑そうに自分を手で扇いでいるを見た。
(…………)
。
マルクトの兵士で、ジェイドの直属部下で、――レプリカ。
最初にエンゲーブで会ったときはまだマシだったが、
それ以降はもう泣いてビビッてわめいて笑ってジェイドジェイドと、
何かとやかましかった印象があまりに強くて……強すぎて、はそういう奴なんだと思っていた。
まぁかなりのところ本当にそういう奴なんだけど、そう思っていたからこそ、
俺は“それ以外のところ”を、ずっと気にも留めなかったのかもしれない。
例えば、ジェイドの傍にいないときのは、少しだけ大人しい事とか。
というより「大人らしい」というのだろうか。
いや敵が出てくればいつものようにビビるし、かなり当者比っていうか、
そもそも“ジェイドの傍にいないとき”という大前提が成立すること自体が少ないけど。
「……なぁ、」
「うん?」
名前を呼ぶと、それまで暑さにへこたれていた様子もどこへやら、
嬉しそうに表情を緩めてこちらを向いたに、
いつもの気恥ずかしさと、最近感じる苛立ちがないまぜになって胸をよぎる。
それを散らすようにがしがしと頭をかきながら、前を見据えた。
「あの、さ」
「うん」
「だからその、なんつーか……」
「うんうん」
隣から突き刺さってくる輝く視線に冷や汗を浮かべつつ、言葉を探す。
思わず呼びかけてしまったけど、伝えるべき音が頭の中でうまくまとまらない。
「っ…………」
言いたいことは、確かにあるはずなのに。
「――前から! こんなにカレー作ってたのか!?」
勢いよくに向き直りながら声を張る。
その目が呆気にとられたようにきょとんと丸くなった。
ああ、くそ、こんなのが言いたかったわけじゃないのに。
だがわけのわからない問いでも、口にした手前 引っ込めるわけにいかず、
黙って返事を待っていると、は記憶を探るように首をかしげた。
「いやぁ……ジェイドさんが好きなのは知ってたけど、
軍の炊き出し以外ではほとんど作ったことなかったと思うよ」
まぁふるまう機会もなかったし、と苦笑する姿に、
今度目を丸くしたのは俺のほうだった。
「機会が無かったって……お前、ずっと、ジェイドといたんだろ?」
「あ、うん、そうだな。直属部下になってからだったら、
やろうと思えば出来ただろうけど、大佐そういうの自分でやっちゃうからなー」
がジェイド直属になったのはここ三年程の事だというのは、
確か前に何かの拍子で聞いた気がするが、
俺が今訊きたかったのは、そういうことではなかった。
“ずっと面倒を見てもらっていた”
アラミス湧水洞でそんなふうに言っていたから、俺は当然のように、
昔から今に至るまではジェイドと一緒にいたんだろうと思っていたけど。
「こんなふうにカレー作ったり、一緒にご飯食べたりするのは、
今回の……ルーク達との旅が始まってからだよ」
言いながらひどく幸せそうに目を細めて笑うを見て、俺は少し考える。
みんなの過去については なりゆきながらも大体知っているけれど、
そういえば、こいつの昔の話は、あんまり聞いたことがない気がした。
「あ。ルーク、あそこ」
突然ちょいと腕をひかれて顔を上げると、少し降りた先の地面に、
あの剣らしきものが落ちているのが見えた。
先に氷の種を放り込んでいたおかげでマグマに沈むこともなく、
固まった大地の上に横たわる剣と、そこから二、三メートルほど離れた場所には鞘。
剣のほうに向かったの背を軽く眺めてから、俺は鞘のほうに向かう。
「よかった、壊れてない……いや、それはそれで怖い……」
背後から聞こえてきた物凄く複雑そうなの声に苦笑しつつ、こちらも身をかがめて鞘を拾い上げた。
しかしあの高さから落としても無事か……。さすが例のアレだった剣だ。
鞘のほうも、少し煤けているが壊れてはいなさそうだった。
煤を手ではらいつつ、息をつく。
が、ジェイドに作られたあとも色々と面倒見てもらったらしい事、
ピオニー陛下からは弟分とか甥っ子みたいに思われていて、よくからかわれているらしい事。
被験者はマルクトの兵士で、そのお母さんと妹さんを泣かせてしまったらしい、こと。
こうしてひとつずつあげていけば幾らかもっともらしいけど、
らしいらしいと そんなのばっかりで、それは結局のところ、
何も知らないのと変わりないような気がした。
今までの様子を見るかぎり、聞けば答えてくれるのかもしれない。
でも、もしも触れてはいけないものだったら。
「…………」
ぎゅっと鞘を持つ手に力を込める。
消えない怖さはあるけれど、
それでも俺は何も知らないままでいるより、知りたいと思った。
何も知らないままで後悔するのはもう嫌だ。
勢いよく立ち上がって、一歩を踏み出す。
「なぁ、!! 俺――っ!」
きぃいいん。
そのとき、耳鳴りのような甲高い音が場に響き渡った。
なんだこのデジャブはと思いつつ、足をそっと一歩だけ後ろに下げると、音が止む。
また一歩前に進めば、先ほどと同じ音が空気を揺らす。
真正面でぽかんとした顔をして立ち尽くしていたが、
そこでようやく慌てて周囲を見まわし始めた。
「え、っと……ア、アレ、かな? アレがきっと触媒なんだよルーク!」
言われた方向に視線をやれば、
少し先の岩場に何かが引っかかっているのが見える。
それを遠い目で眺めながら、
俺は「どんな状況で見つかるか分からないのでなるべく触媒を持って歩く事にしよう」と決めた
数十分前アルビオールでの自分を、頭の中で盛大に罵っていた。
そして合流後、熱風が渦巻くザレッホ火山にて。
「ほらほら! これが新しく見つけた触媒ですよ!」
「まさかこんなところにまであるなんて……」
「不思議な巡り合わせですわね」
新たに入手した触媒を囲んで和やかに話すティア達と、
片隅で人を小馬鹿にするような笑みを浮かべて肩をすくめるジェイド、
反対に何故か肩を落として苦笑しているガイの姿を横目に見ながら、
「で、ルークは何をむくれてるワケ?」
「なんでもねーよっ!!」
俺はほんのりと涙目のまま、次こそはと拳を握る。
そんなこちらの様子と、どこか別のところを見比べるように眺めたアニスは、
ジェイドの動きをなぞるように小さく肩をすくめて、やがて呆れたように笑った。
聖弓ケルクアトール ゲットだぜ!
ではここで一標語。
「タイミング、そう一度 逃せば大変 タイミング」
別に過去を知ってなきゃ友達や仲間になれないわけでもないけど、
相手のことを「知りたい」と思う気持ちだって、そう悪いもんじゃない。