【Act74.5-一難去る前にまた一難。(後編)】
ぽひゅんと音が聞こえてきそうな呆気なさで、集まっていた気が散れていく。
それを確認した後ふと視線を戻せば、が地面の上にうずくまっていた。
一応見た目には大の男が、極限に身を縮こめようとしているその図はわりかしシュールだ。
だが、まぁ、顔あたりからじわじわと土に浸透していく水分を見れば、その内心は推して知るべしか。
そんなを尻目にいつもどおり完璧なサンダーブレードを決めたジェイドが、
小ばかにするような笑みと共に肩をすくめた。
「詠唱を噛む人が援護なんて出来ませんねぇ。
ほら、さっさと剣を抜いてください」
「はいぃ〜……」
こうなればもう諦めざるを得ないだろう。
涙ながらに剣を抜いたに苦笑してから、ルークも改めて表情を引き締めた。
すると戦いの場に閃く銀が増えたことを喜ぶように、
奴が雄叫びめいた音を立てて、誘うがごとく己の剣で虚空を薙いだ。
その場にあった木がひとつ また呆気なく倒れたかと思うと、
そこから転がるように飛び出してきた影に目が丸くなる。
「アウグスト!?」
が慌てて名を呼ぶ声が聞こえた。
アウグスト。そうだ、それどころじゃなくてすっかり忘れかけていた。
おそらくずっと木陰から様子を見ていたのだろうが、
突然の事態でさすがに驚いた様子のアウグストが一目散に走り去ろうとする。
だが、奴にとってはもうすでに、視界の中で動くもの全てが“標的”だったらしい。
剣が大きく振りかぶられるのを見てとり、
間に合わない、と心臓をひやりとさせたその瞬間。
何もないところでつまずいたアウグストが、景気良く前方に吹っ飛んだ。
切っ先が尻尾すれすれのところをあえなく空ぶる。
ドジっ子万歳。全員が心の中でグッと拳を握った。
ごろごろと転がって行ったアウグストがその先で軽く木にぶつかって止まる。
安堵の息をついたのも束の間、
木の根元ですっかり目を回しているアウグストに歩み寄った奴が改めて剣を掲げた。
怪奇現象は相手がブウサギだろうと容赦無しか。
頭を抱えたい気分で駈け出そうとしたが、それより早く、双方の間に割り込んだ者がいた。
「!」
あいつ本当にブウサギとジェイドに関しての行動力は尋常じゃない。
思わず足を止めて感心してしまったものの、
すぐに真正面からぶつかり合うことの危険に頭がいく。
援護に向かおうと地を蹴るも、一足早く、剣がの頭上へ振り落とされる。
金属がぶつかり合う嫌な音が高々と響いた。
鈍い色をした火花が、ちかりと光る。
「う……〜〜〜っ、りゃあ!!」
普段はどちらかといえば技巧派の剣士であるだが、この状況では技術も何もあったものじゃない。
めずらしい力技で叩きつけられた強大な刃を受け流した。
人間相手なら、そこで一旦 距離を取るなりアウグストを逃がすなりする隙も生まれただろう。
だが、相手はあくまで、例のアレだった。
剣を持った別の腕が、立て続け様、悪夢のように閃いた。
それに気付いて急ぎ剣を構えなおしたを視界にとらえ、
ルークはハッとある事に気付く。
「おい! 剣!!」
「え? ……うわぁっ!」
手元を見たが顔を青ざめさせて情けない悲鳴をあげた。
断裂剣。
なんて、技名っぽく纏めてる場合じゃない。
おそらくさっき受け流した瞬間だろう、の剣は中程のところで見事に両断されていた。
まだ短剣としてなら使いようはありそうだったが、正直 長さが違えばそれはまったく別の武器だ。
剣士がまさに付け焼刃の短剣使いになったからと太刀打ち出来るような敵でもなかった。
出来たての短剣もどきを手にあわあわと眉尻を下げるの隣に滑り込み、
向けられた斬撃をどうにか弾く。
「ル、ルルルルークッ! 剣が一刀両断で真っ二つに!!」
「あぁもう何かややこしいから一か二かハッキリしろ!」
ちゃんとした剣が手元に無いせいですっかり動転しているとブウサギ一匹を背にかばい、
ここからどうしたものかとルーク自身も混乱気味に考え込んでいると、ふいに空気の流れが変わった。
「よそ見をしていていいんですか?」
そして響いてきた声に、が勢いよく顔を上げる。
釣られて見やれば、鮮やかに光る譜陣を展開させたジェイドの姿が、奴の背後にあった。
その口元がゆるりと弧を描く。
「―― イグニートプリズン!」
ジェイドお前この距離でソレは、と脳裏を過ぎった罵声にもなりきらない何かが喉の奥でつぶれる。
視界の端に、おなじく口元を盛大に引きつらせているが映った。
いや、自分達は問題ないのだ。
あまり近いと視覚的にいくらか恐怖感を覚えるとはいえ、味方識別がついている。
問題は。
「ジェイドさんアウグストがぁあぁ〜!!」
焼きブウサギ一丁上がりぃ、と景気の良い料理人の声が聞こえた気がした。
大慌てのがとりあえずアウグストに覆いかぶさって庇う。
だがそこはジェイドだ。術は周囲の木々まで延焼させることもなく、
奴の回りだけを一気に焼きつくした。
立ちのぼる煙の合間から奴の様子を窺おうと目を細める。
そこでまた緩々と頭をもたげようとしている姿を見つけ、
これでも動くのかと顔を顰めて剣を再度構えたとき。
「まだまだ行くよぉ!」
煙の向こうから跳び出してきた大きな影。
勝気な笑みを浮かべるアニスを背に、
奴の正面に降りたトクナガが、勢いよく地を蹴り上げた。
「十六夜天舞〜っ!!」
技を確実に当てたアニスが少し距離を取って着地する。
そこでいつの間にか奴を囲むようにティア達が陣取っていることに気付いた。
ルークも柄を持つ手を改めて、奴を見据える。
そして、静寂。
やがてそれを破ったのは、
軋むような音と共に身の内に響いてくる言葉だった。
『我の妄執、ここに断たれり。
我はただの剣になりさがろう』
幾本もの剣を携えた腕達が、静かに地に落ちていく。
『礼を言う。 ……強き者達よ』
ふいに和らいだ声色に思わず目を見張った次の瞬間、
その“なにものか”は靄のように空に解けて、――消えた。
奴がいた場所に、僅かな音を立てて一振りの剣が倒れ落ちる。
再度訪れた静寂の後。
誰からともなく零した深い溜息が、重なり合って場を満たした。
「お、おわったぁ〜……」
「いやぁ……色々と肝が冷えたな」
地面に座り込みながら心底疲れた声で零したアニスに、
剣を鞘におさめたガイが苦笑する。
「そういえば、アウグストは大丈夫?」
心配そうなティアの問いにハッと目を丸くしたが、
ずっと抱え込むように庇っていたアウグストを見やった。
ルークも横から様子を見ると、すでに目は覚めていたらしく、
その腕の間からはつぶらな黒い瞳が窺えた。
「怪我もないみたいだ」
安堵の息をついたが、丁寧にアウグストの頭を撫でながら顔を覗き込む。
「アウグスト……君が無事で、本当に良かった……」
きらきらと光る何かが、背後に飛び交っている錯覚を覚えた。
絵本の王子様よろしくアウグストと見つめ合う姿に、こいつホント顔は良いのになぁと遠い目になる。
このブウサギに対する積極性を人間にも適用してくれていたなら、
今までの心労やら何やらの八割くらいは減っていたはずだ、と思っているかは知らないが、
傍でジェイドがものすごく微妙な顔をして眼鏡を押し上げていた。
アウグストは奴との遭遇での恐怖も合わさってか、野性の魂はすっかり抜けきったようで、
うるうると涙を浮かべての胸に跳び込んだ。
それを見て「こっちも一件落着のようですね」と呟いたジェイドが肩をすくめる。
「さて、予想外の事態は起こりましたが目的は果たしましたし、
セントビナーに戻りましょうか」
ただのブウサギ捜しが大変な事になったものだと皆で苦笑し合いながら、
街へ戻ろうと歩き始めたところで、ナタリアがぽつりと声を上げた。
「ところでこの剣はどうしますの?」
みんなの動きがぴたりと止まる。
そうだ。正直あまり考えたくなくて、半ば意図的に意識から排除していたが。
ぎこちなく振り返れば、そっと足元を示したナタリアの指の先には、“奴”であった一振りの剣。
なんともいえない沈黙が場に広がる。
ルークはがしがしと後頭部をかいて、を見た。
「……お前が持ってったらいいんじゃないか?」
「はい!?」
「ちょうどいいだろ剣壊したし、代わりに」
言いながら目を泳がせるルークに、早くも涙目のが詰め寄る。
足元ではすっかり懐いた様子のアウグストが不思議そうに二人を見上げていた。
「お、置いてっちゃえばいいだろ!?」
「祟られたらどうすんだよ」
「じゃあルーク持っててくれよ!」
は「まあ、こちらを使いますのね」とナタリアから無邪気に手渡された剣を
投げ捨てることも出来ず、しかし心持ち体から離して持っていた。
向けられた言葉にルークは目を伏せて微笑を浮かべる。
息を吐きながらゆっくりと空を仰いだ。
「……さ、行こうぜみんな!」
「ルルルルークのバカー!」
「はぁ!? なんだとのアホ!」
「ルークのおたんこなす!」
「のビビリ!」
「うわぁああああーん!! ルークのレプリカー!」
「……だからというかにしか言えない喧嘩文句だなアレは」
続けて「こそレプリカ!」と言い返すルークの声を聞きながらガイが呟くと、
ジェイドはやれやれと首を横に振り、お子様は元気ですねぇ、と年寄りじみた台詞を零して、小さく笑った。
▼は アルティメティッドを 装備した!
(〜デンデロデンデロデ デン デン〜)
▼この剣は のろわれている!
偽スキット 『帰り道にて初使用』
ジェイド「どうですか使い心地は」
「見る限り両刃でもないし片刃ともいえないし、
手ごたえは鈍器に近い感じなのに切れ味がものすごく良いのが恐ろしいです」
ジェイド「いやそれは良かったですねぇ」
「切れ味が良いのところだけ拾いましたね?
ハイまぁ剣士的には快適です もうそういう事にしときます」
だけど涙で前が見えません大佐。