【Act7.2-馬鹿な子ほど、可愛いですか?】
「なぁ」
セントビナーを出たところで、ふとルークに声を掛けられた。
お互い確実に好感を抱いてはいないだろうに、どういう風の吹き回しかと思いながらも返事をする。
「なんです」
「あいつ今どうしてんのかな」
そう言われて過ぎるのは鼻水を垂らした子供の顔。
たしか昔にもそんな馬鹿がいたが、いま思い出すのは別のバカだ。
ジェイドさんジェイドさんと頭の痛くなる幻聴が聞こえる。
「おや、随分 あの子を気に掛けてくれてるんですねぇ。
あまりのバカっぷりに ほだされましたか?」
「ち、ちっげーよ! つーかアンタが気にしなさすぎなんだろ!?
あいつ部下なんじゃねーのかよ!」
「部下ですよ。残念ながら」
事あるごとに脅えて泣いて、手綱を引くのにひどく苦労する部下だ。
あれでも落ち着けさえすれば中々使えるのだが。
「じゃあ もっと心配しろよ。
し、死んでたら……どうすんだよ」
「だから前にも言ったでしょう? 臆病者ほど最後まで生き延びます」
さらりと告げれば、ルークは顔を顰めて黙り込んだ。
例の一件で、人を殺す、あるいは死ぬ、ということが引っかかっているのだろう。
ひとつ息を吐いて歩みを再開しようとしたジェイドの横に、今度は別の青年が並んだ。
その青年、ガイは後ろをゆっくり歩いているルークを気にしながら、話しかけてくる。
「だれの話だ?」
「タルタロスで はぐれた私の部下の事ですよ。
どうやら気にしてくれているようです」
肩をすくめてみせると、ガイは少し驚いたように相槌を打った。
まぁ、あまり人に懐かなさそうなあの公爵子息だ。
珍しいとでも思っているのかもしれないが、アレはどちらかというと犬猫やチーグルに近い。
だいぶ懐かれていたようだし多少は情が移ったのかもしれない。
「しかし はぐれたって言っても、あの状況じゃ……」
「普通は助からないでしょう。
ですが、結果としてタルタロスからは脱出していましたからね。大丈夫だと思いますよ」
「結果として?」
「敵のグリフィンにどこかへ連れて行かれました」
「いや、それは、ダメってことじゃないか?」
苦笑するガイを見返して「そうですか?」と首をかしげた。
あのときの状況では、タルタロスに留まるよりよほど安全だっただろう。
それには同意したものの、手段として道徳的にどうかと唸るガイに笑みを返す。
「ルークにも言いましたが、あの子はとにかく臆病です。
そして臆病だということは、つまり生存本能が強いということなんですよ」
そう簡単に死にません、と言い切ってみてから、
改めてのことをつらつらと考えて少しだけ眉を顰めた。
「……もしかしたら、
群れから離れたストレスとパニックで、寂しさのあまり死ぬかもしれませんねぇ……」
ああ、あながち否定できない。
時たま予想がつかないくらい馬鹿なことをやらかす子供だから。
「ちょ、旦那。ちょっと待ってくれ。
……あんたの部下なんだから、その人は軍人だよな?」
「軍人ですよ」
「群れから離れたストレスとパニック?」
「寂しさのあまり」
真顔で頷いてみせると何やら苦悩し始めたファブレ家の使用人を横目で見ながら、
どこにいるとも知れないバカな部下の事を考えて、ジェイドは少し溜息を吐いた。
閑話。
心配してるんだか何なんだか。
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