ずっと扉横に控えておとなしく話を聞いていれば、
平和なはずの任務の裏から わんさか出てきた不穏な色。

その明かされた暗黒面に驚いたのはルークさんより響長より、



俺だった。







【Act6.2-明日は「グリフィンの爪先から」をお送りします。】








「せせせせせせ戦争とか大詠師派の邪魔とかなんですかソレ聞いてませんよ!!?」

「なんでお前が一番動揺してんだよ!?
 いや、っつーか何でお前が知らないんだ!?」


ルークさんが驚いたように怒鳴るが、そんなの俺が聞きたい。
説明を求めて向けた視線の先で大佐がわざとらしく肩をすくめた。


「言ってませんでしたかねぇ」

「言ってませんよ! 大佐の嘘つき!!」

「嘘はついてませんよ。
 平和の使者というのも――まぁ間違ってはいませんし」


正解もしてないじゃないですか。

そうだ、よく考えたら有り得ない。
だって俺が引っ張り出される任務っていうのは、
ほとんどが戦闘を想定されたものばっかりだったじゃないか。

いや、まぁ兵士だから当たり前なんだけど。 ああでも今回こそはと思ったのに……。


「なんで言ってくれないんですかぁ」

「言ったら面倒くさいからですよ、こんなふうに」


さらりと言ってのけた大佐に俺は肩を落とす。
やっぱりわざと黙ってたんですね……いや分かってたけど。そういう人だし。



 *



大佐が何事か指示を出すと、副官のマルコさんは足早にどこかへ行った。

残された俺と大佐は二人きり、通路で立ち尽くす。
目の前にはルークさんたちがいる客室の扉があった。

軍人らしくぴしりと立つ大佐の脇で、だらしなく後ろの壁に身を預けた俺は横目で様子を伺う。

売り言葉に買い言葉のようではあったが、
さっき自分よりずっと年下の人間に躊躇なくひざまずいた上司は、
すでに何事も無かったような顔をしていた。


「大佐って、妙なところでマジメですよねぇ」

「おや。私はいつも真面目なつもりですが?」


にっこりといつもの笑顔。

たとえ頭を下げなくても、ルークさんが政治的にどうこうする事は無いと分かっていて、
何パーセントかの“もしも”のために膝を折った大佐。

誰に言っても光の速さで否定されるけど、
俺は、実はジェイドさんは致命的なほどマジメなのではないかと思う。

大佐にとっては嫌な事を思いださせる存在でしかないはずのレプリカを(俺を)、
殺さないどころか、こうして今まで面倒みてくれている辺りがマジメだ。

責任感が強すぎるのか、はたまた究極の完璧主義者なのか。




「はいっ」


突然 名を呼ばれて意識を引き戻すと、大佐はなにやら考え込んでいるようだった。
赤い目を眇めて目の前の扉を見ている。


「あなたはルークをどう思いますか?」

「ルークさん、ですか?」


問われて、脳裏に赤をえがく。

こういうとき大佐は考えを纏める手段として俺を利用する。
返答の内容はあまり関係ないようなので、深く考えず正直に彼の印象を口にした。


「我侭かもしれないけど、良い人だと思いますよ。
 傍にいると落ち着くし」


自分が持っている政治力を微妙に分かってない節はあるけど、
貴族の人ならあんなもんだろう。まだ若いし。


「後これは言ったら怒られると思うから内緒にしてほしいんですけど、
 ……ルークさんって17,8歳ですよね?」

「それくらいでしょうね」

「だけど俺、ルークさんと会話してると
 たまに小さな男の子と一緒にいるみたいな感じがして、おもしろいんですよ」


こんなこと知れたら殴られそうだけど、
彼と話していると、自分が少しだけお兄さんになれたような気がしてくる。
実質的10歳の俺が言うのもなんだけど。


そこで赤の双眸がじっとこちらを捉えていることに気がついた。
どうかしたのだろうかと真っ直ぐ見返していると、その瞳がふと苦く揺らぐ。


「……まさか、ね」


ぽつりと独りごちた大佐の顔は、当たって欲しくないことに気付いたときのソレで、
俺は掛けようとした声を思わず引っ込める。

そのあとは言葉も交わさないまま、何かまだ考え込む大佐の横顔を見つめていたが、
目の前の扉のノブが回る音を聞いて俺は再び開きかけた口を閉ざした。




 *




いつだってどんなときだって凛と立っていた大佐が、
その小さな箱から溢れた光を浴びて苦しげに膝をつく。


「まさか、封印術アンチフォンスロット!?」


響長の声をどこか遠くに聞きながら、俺は全身の血がザァッと粟立つのを感じた。

剣を抜くと同時に床を蹴り黒獅子ラルゴに飛び掛る。
奴は少し虚を衝かれたように目を見開いた。


「ジェイドさんに……っ何すんだぁ!!」


思いきり上から切り下ろすが、相手が動揺を見せたのはあの一瞬だけだったようだ。
すぐさま手にした鎌を振りあげて、剣を受けた動きで俺を後ろに弾き飛ばした。


「くっ、」


受身を取って素早く起き上がった俺が目にしたのは、
視界いっぱいの真っ赤な炎だった。


「ご主人様たちをイジメるなですのーッ!」


炎の裏からミュウの声。

あれ、これ俺 焼かれる位置だ。

そう気付いた瞬間、頭に上っていた血が一気に下がった。
情けない悲鳴をあげて四つんばいのまま転がるように後ろに退避する。


炎は前髪を掠めて止まり、
皮膚を撫でる熱気が消えたところで、俺はようやく恐怖を実感した。
ぼたぼたと涙がこぼれる。


「怖かった…本気で怖かった…」


加熱調理された自分の未来を一瞬想像するくらい怖かった。
冷たい壁に背を押し付けてへたり込んでいると、頭上から降って来た溜息。

視線を上げればそこには呆れ顔の大佐がいた。


「何やってるんですか? 行きますよ」


いつもの四割り増しくらい呆れている大佐は、
手にした槍をコンタミネーションで収めると、すいと身をひるがえした。


「……まったくビビリのくせに無茶な事をしないでください。
 あなたはああいうとき行動に予測がつかないので、気が散ります」

「え、あ、ハイ、すみません……?」


言うが早いか、足早に先の通路の様子を見に行ってしまった大佐の後姿をしばし呆然と眺める。
いつになく早口だった気がする。かといって怒られたわけでもなさそうだ。

もしや、もしやすると、ちょっと心配してくれたんだろうか。
そうだと嬉しいなぁ。

にやにやとしながら正面へ向き直った先で見つけた光景に、少しへこんだ。


血溜りに伏すラルゴと、青い顔のルークさん。

ああそうか、そうだった。
俺達は今とてつもなく絶望的な状況にあるんだった。


「……ルー…」


…ク、さん。


倒れたラルゴを見て信じられないように俯く彼に、
俺はまた、掛けようとした言葉を喉の奥に封じ込めた。



 *



艦橋ブリッジを目指して出た甲板は魔物だらけだった。

その絵面に軽い眩暈を覚えて本能的に扉を閉めようとしたが、
それは横からすばやく挟まれた硬い軍靴に阻止される。

口元をひきつらせて見上げれば、いいからちゃっちゃと行きましょうね、と笑顔で語る大佐。
ユリア様、俺の隣に893、いや、ヤクザがいます。





そして幾度目かの魔物との戦闘の最中、俺は気づいた事があった。

やっぱり大佐の動きが鈍い。

それでも俺よりはるかに強いけど、いつもなら避けている攻撃を避け切れていない感じがする。

譜術の感じもなんだか、いつもの容赦ない雰囲気が無いというか、
まぁやっぱり容赦はないんだけど。

でも もしかして封印術アンチフォンスロットって俺たちが思う以上に辛いものなんじゃ……。

大佐、と呼びかけようとした俺の言葉は、やっぱり届く事は無かった。
なぜならそれは音になろうとした瞬間 悲鳴に変わった。


「うわ゛ー!!」


肩の辺りに硬質な爪の感触、大きな羽音、遠くなる地面。
俺はなぜかグリフィンに捕獲されていた。

なぜかって言うか気を抜いたせいなんだけど、それにしたって何でこんなことに。


「大佐ー! 大佐ー!! 大佐……っジェイドさぁああん!!!」


その涙声の絶叫に少し離れたところで戦っていたみんなが上を向く。
驚くルークさん、慌てる響長、すごい馬鹿にした顔で肩をすくめた大佐。
え、ちょっ、その反応は酷くないですか。

だけどその後すぐ詠唱に入ってくれた大佐に感動していると、
ふと大佐が眉を顰めたのが見えた。そして詠唱を途中で止める。

もうだいぶ高度が上がってしまった。
口パクで何か伝えてくる大佐の言葉を読み取ろうと目を細める。


えぇと、


『その高さだと もう どの譜術も届きそうにありません』

……そうですか。


『だから』

だから?



早く早くと次の言葉を待つ俺に向かって、
大佐はすっと右手を掲げると ――


『グッ☆』


輝かしい笑顔で親指を立ててみせた。
それが下向きじゃなかったのは俺にとって救いなんでしょうか。

いや、ていうか、ぇえええええ!


「ぐ、グッ☆じゃないですよグッ☆じゃ!!
 ちょっ、大佐!? たいさー!」


もがく俺をよそに肩を掴む爪はびくともしない。
そしてどんどんタルタロスから離れていくグリフィン、
遠くなるタルタロス、遠くなるみんな、遠くなる大佐。




俺、

見た目は大人、中身は10歳。



本日 通算三度目のピンチです。







対ラルゴ戦は、ダブルチーグル(忠犬)攻撃で、ちょっと漫画版シナリオまじり。

アビ主、ルークvsオラクルナイト戦の前に 強制離脱。



エセ 会話イベント『離脱』

遠くのお空に飛んで行ってしまった自作レプリカを笑顔で見送るジェイド。
その反面 入り混じる、なんでアレはああなんだろうなぁと出来の悪い子を持った親の複雑な心境。

「おい、連れていかれちまったぞ!?」

ほとんど豆粒と化したグリフィン(+)とジェイドを交互に見て
慌てているルークに向けて、ジェイドは白々しい笑顔で肩をすくめた。

「あれくらいなんとかしますよ。死にはしないでしょう、たぶん」

「たぶんかよ!」

「このままタルタロスにいるよりよほど安全です。
 あの子は悪運だけは強いですからね」


無意識のうちに「あの子」呼び。
ジェイドパパの分かりづらい親心。