ああ、今日はきっと厄日だ。
またはピンチの大安売りをしているに違いない。

眼前に迫った大きな爪を剣身で受けて、ずしりと掛かった重さを感じた時、心底そう思った。

とっさに全身で力を込めるも間に合わない。
ライガクイーンは、俺を剣ごと、たやすく吹き飛ばした。


!」


盛大に地面を転がって倒れた俺に導師さまが叫ぶ。


「おい! 大丈夫か!?」


攻撃の合間に距離をとったルークからも声を掛けられた。
だが打ち所が悪かったのか、すぐに起き上がれない。


「だ、大丈夫、気にするな……ちょっと、走馬灯が見えるだけだ……」

「それヤッベェから! 絶対ヤベェから! オマエもう大人しくしとけよ!」


一応 見た目は二十五歳で軍人なのに、ルークに心配されているのは情けないかもしれない。
だけど攻撃が効かないんだ、どうにもならないじゃないか。

ルークだって今は何とか頑張ってるけど、あまり戦い慣れしているようには見えない。
そうしないうちに押され始めるだろう。相手はライガクイーンだ。

俺たちに勝てるわけがない。

そう考えた瞬間、剣を握る手が緩んだ。
頭のどこかで責めるような警鐘が鳴っていたが、無理やり思考に蓋をする。


「冗談じゃねぇぞ! なんとかしろよ!」


ルークの焦りがみえる怒声が聞こえた。

俺に、勝てるわけがないんだ。

全身がこわばっていく。
目が勝手に閉じてしまいそうになった。


そんなとき。



「なんとかして差し上げましょうか」


戦闘の喧騒にも紛れずにぴんと空気を揺らした声に、
俺は泣きそうなくらい安堵した。






【Act5.3-朝以来の再会です。】






ていうかもうちょっと泣いた。かなり泣けてきた。

体が動かなかったのが嘘みたいに勢いよく跳ね起きて、声のしたほうを振り返る。
そこに見慣れた立ち姿を見つけて俺は今度こそ泣いた。


「た、た、たい、た、た……!」


朝から会っていなかっただけなのに
ずっと離れていたような錯覚にとらわれる。


「大佐ぁ!」


むせび泣きながら駆け寄ると、
大佐はにっこりと笑顔を浮かべて――


「ぅげぶっ、」


綺麗な右ストレートをお見舞いしてくれた。

戦闘の緊迫感も何もかも吹っ飛んで、
ルークもグランツ響長も果てはライガクイーンさえ凍りついているのが視界の端に見えた。


「何すんですか大佐ー!?」


だけど俺はといえばそれどころじゃない。
殴られた頬を押さえながら言うと、大佐は殴った手をピッと振って眉を顰めた。
そんな仕草もかっこいいけど、こっちは結構痛いです。


「あなたこそ何をやってるんです、頭を冷やしなさい」


大佐の言葉に俺はぴたりと動きを止める。


「資料に載っている難易度ではなく、目の前の敵を見なさい。
 相手の特徴だけを思い出しなさい。行動は、属性は、弱点は?」


淡々とした声。
頭に上っていた血がさがり、ようやく全身を巡りはじめたような感覚。

ぐっと剣を握り直してライガクイーンを見据えると、
大佐が少し笑ったような気がした。


「あれは、本当に “勝てない敵” ですか?」


そして思ったとおり、背中から届いた声は笑みを含んでいた。
俺も少しだけ口の端を上げる。

「……いいえ!」

「結構」

背後でうずまく音素フォニムを皮膚で感じながら、俺は再び地面を蹴った。




 *




「なんか後味悪いな」


零されたルークの言葉に、俺はそっと剣を収めた。
生還を喜びかけた気持ちが風船のようにしぼんでいく。

確かにライガクイーンは子供を守ろうとしただけだ。


「……でも、やらなきゃやられるよ、ルーク」

「まぁ……そうだけどよ」

「優しいのね。それとも甘いのかしら」


納得できない様子でぼやくルークに、グランツ響長が言う。

だけど、やるとかやられるとか「殺す」という言葉を使えなかった俺も、
ルークと同じくらい甘いのかもしれない。

殺すのはいつだって怖い。

だけど死ぬのは、もっと怖い。




「はいっ!」


条件反射で背筋を伸ばして返事をすると、いつのまにか真っ赤な目がこちらを捉えていた。
大佐は少し眉を顰めて何かを言いかけたけど、すぐに口を閉ざして呆れたように首を横に振った。
それも細くて長い溜息付き。


「た、大佐?」


恐る恐る呼びかける。
すると大佐はさっきまでの表情を手品みたいに笑顔で隠した。
さっきの顔も気になるけれど、これはこれで悪い意味で気になる。

この顔は、よろしくない!


「唸れ烈風、大気の刃よ、切り刻め。
 ―― タービュランス」


にっこりと告げられたそれと周りで急速に高まり出した音素フォニム
俺は泣きながら笑みを浮かべた。

ごめんなさいジェイドさん。





「……お、オイ、そいつ……」

「問題ありませんよ、すぐ起きます」


術の名残のつむじ風に髪を揺らされながら地面に突っ伏す。
ルークのひきつった声といつもの大佐の声が耳に届いた。

怖いから気絶したふりをしていようかなんて
浅知恵を働かせようとした俺のすぐ脇で、こつりとブーツの音。

し、下は地面なのに! 土なのに! なんでブーツが鳴るんだ!(大佐だから!?)


〜? 起きてますよねぇ?」

「……ハイ……」


「結構。
 ではこんなところまで無許可で導師を連れ出した責任をどう考えます?」

「…………大変、重大な、こと、だと、思います……」

「ですよねぇ。もう一発タービュランスいきますか?」


「ごごごごゴメンなさいジェイドさんスミマセンごめんなさぁい!!」


急いで起き上がって土下座をしていると、
俺の目の前に飛び込んできた小さな影が庇うように両手を広げた。


「ジェイド! 違うんです、僕が頼んだんです!」

「導師さま……」


優しさに じんと目の奥が熱くなる。
袖で荒く目元をぬぐって、俺は導師さまを丁寧に押しのけた。


「お、俺が無理について行くって言ったんですよ!
 お止めしなかったのは俺の責任です! 導師さまは悪くありません!」


向かい合い、俺なりに精一杯 説明すると、大佐は軽く肩をすくめた。


「大事には至らなかったようですし、
 臆病者なりに、イオン様を守ろうとしたようですからね。まぁ進歩でしょう」

「大佐、じゃあ……」

「あなたへの処分は さっきの一撃で勘弁しておいてあげます」


そう言って、大佐は ほんのちょっとだけ気を抜いた柔らかい笑みを浮かべた。
朝から張り詰めていた気持ちと恐怖が一気に弾け飛ぶ。


「ジェイドさぁーん!!」

「さてイオン様」


飛びつこうとした俺を片手で抑えて、大佐が導師さまに向き直った。

それから始まった導師さまへのお説教。
いや、俺の処分が済んでも、導師さまがお説教されちゃ意味が無いです。

でも口を挟む隙が見つからず右往左往していると、ルークがお説教を止めてくれた。
それでまた俺と導師さまがキラキラとした視線を向けたら、
やっぱりルークは少し耳を赤くして盛大に顔を顰めた。


ルーク、優しいし、大佐相手でも物怖じしないし、すごいなぁ。




 *




チーグルの森の出口で、突然マルクト兵に囲まれた。
もしかしたら導師さまを勝手に連れ出した件でやっぱり怒られるんだろうかと
一瞬 肝を冷やしたけれど、兵たちが囲んだのは俺ではなく、ルークとグランツ響長だった。


「大佐!?」

「そこの2人を捕らえなさい!
 正体不明の第七音素セブンスフォニムを発生させていたのは、彼らです」


大佐の指示が飛ぶと同時にすばやく二人を拘束した兵たち。
そんな光景を遠いところに見ながら、俺は大佐の言葉と、過去の記憶を脳内で反芻した。


 『正体不明の第七音素セブンスフォニムを発生させていたのは――』


“さっきは正体不明の第七音素セブンスフォニムがどうとか言っていたし”

“彼女は第七音譜術士セブンスフォニマーなのか。へぇ。”




………………。




 『正体不明の第七音素セブンスフォニム






あっ!!

「もしかしなくても忘れてましたね?」






ようやく思い出した。

書かれていなくても ちゃんと本編どおり会話が進んでます。
そこからビビリが関わった部分だけ抜粋して展開。

アビ主は基本的にいてもいなくても問題ない感じになっております。ストーリーとして。
何も特別な事はできないけど、ルーク達の旅をずっと見ていく存在です。