【Act43.2-それは僕がおかした罪のはなし。(中編)】









無関係の人間に話を聞かれないようにする配慮か、
ガイが執務室の扉に寄りかかり、聞く体勢を取ったのを見てから、緩く目を伏せる。

頭の中、ばらばらに浮かぶ記憶を組み立てた。
始まりはあの日。 それはあの子供が、はじまった日。


「知ってのとおり あの子はレプリカです」

「ああ」

「フォミクリー研究の一環で作成した複数体のうちの、ひとつでした」


わざと物のような言い方を選ぶジェイドに、
ガイは少し目を細めて、頷いた。 そしてふと思い至る。


「複数体……ってことは、他にもレプリカがいるのか?」

「いえ、今は。 が最後の一体ですよ」


濁された言葉の向こうに、
他のレプリカがどういう末路を迎えたのか察したのだろう。
そうか、と低く呟いたガイだが、再び顔を上げる。


「じゃあなんで、は残ったんだ?」

「貴方は話が早くて助かりますねぇ」


褒め言葉なのか、それともからかわれているのか、
判断に迷ったらしい青年は「そいつはどうも」と軽い返事をした。


「あの子はね、泣いたんですよ」

「泣いた?」

「ええ。 感情を知らないはずの生まれたてのレプリカが、
 大声で泣いて、脅えたんです」


それが研究材料として興味深かったからだと茶化した物言いで続けるも、
真剣な顔でまっすぐにこちらを見る空色に、ひとつ息をついて苦笑する。


「だからあの子は臆病なんですよ。
 そう考えると、の母親は恐怖という感情そのものなんでしょう」


彼が“生まれた”きっかけは恐怖であったのだから。
死にたくないと全身で訴える姿が、脳裏を過ぎる。


「なんとも、皮肉なことです」

「…………」

「……話がそれましたね。
 つまり、彼は元々誰かの代わりとして生み出されたわけじゃないんですよ」


ルークやイオン様のように、
代わりであることを望まれての生ではない。


「だからなのでしょうね」


ジェイドはそこで言葉を区切り、小さく息を吐いた。
そして赤の瞳をすいと瞼の裏に隠す。


「彼は自分が代用品レプリカだという認識が極端に薄かった。
 あるいは、“同じ”であるという意識が強すぎたのかもしれません」


だが、被験者はすでに死んでいる。
そのまま ただとして過ごしていたならば、なんの問題もなかったのだろうが。


「そこで現れてしまったんですよ。
 被験者の家族が」





 夢。 夢を見ていた。
 あのときの夢。



 「おーい、


 軍の食堂で、声を掛けられて振り返る。
 すると先輩にあたる兵が、入り口から手招きで俺を呼んでいた。

 使い終えた食器を返却口に戻してから駆け寄る。
 彼は、どこか困ったような苦笑を浮かべていた。


 「なあ、前話したろ? お前とそっくりだった奴がいたって」

 「はい」


 軍生活が長い者の中には、やはり俺の被験者を知っている人がいる。

 だけど怖いもの知らずの熱血漢だったという彼と、臆病な俺とでは、
 たとえ顔が同じでも受ける印象が違いすぎるらしく、
 本当にそっくりだと笑われるくらいのものだった。

 世界にはそっくりさんが三人いるからな、と
 ほがらかに笑い飛ばす先輩方の顔が脳裏に浮かぶ。 みんな本当に良い人だ。


 だからバレたわけではないと思うが、じゃあ何なんだろう。
 内心疑問符を浮かべていると、彼は苦笑いのまま、そっと俺に耳打ちしてくれた。


 「そいつの家族って人がお前に会いたいって来てんだけどさ、俺、勘違いだって言っとこうか?」


 一応別人だと思うって言ったんだけどさー。
 そう言って先輩が頭をかく。


 「……いえ、いいです」


 俺はゆっくりと息を吸った。


 「合ってますから」


 そして、笑う。


 「……そか?」


 不思議そうに首をかしげながらも、
 それじゃあ、と戻っていった先輩の後姿を見送ってから、俺は身をひるがえした。




「自分と被験者は同一の存在であると信じ込んでいたは、
 その家族と面会してしまったんです」


被験者の家族ということは、自分の家族であると考えたに違いない。

そしておそらくは、そうすることでその家族が喜ぶはずだと思ったのだろう。

よく生きていてくれた。
そう言って笑ってくれるのだと、何の疑いもなく、思い込んだ。


「バカな子ですよ、本当に」




 軍の応接室に、彼女たちはいた。

 おそらく母親であろう女性。
 妹だろうか、まだ年若い少女。


 扉を開けて入ってきた俺を見て、
 信じられないというように二人が表情を輝かせる。


 「―――!」

 「お兄ちゃん!」


 母親のほうは、たぶん被験者の名前を呼んだのだと思うけど、
 どうしてかその部分の記憶は薄かった。

 ソファを立ち上がって見つめてくる二人に、俺は笑みを浮かべる。
 ほら、喜んでもらえた。

 あたり前だ。 だって俺と、彼は、同じなんだから。

 どうせ同じなら、
 “僕でいいじゃないか”。


  
(今思えば、なんて傲慢な思い違いだろう)



 「母さん」






「フォミクリーだレプリカだと思い至るはずもない。
 だけど彼女達は気付いてしまったんでしょう」


ガイが息を飲んで、眉を顰める。


「それが、自分たちの家族ではないと」





 次の瞬間、頬に走った痛みがなんなのか、俺はとっさに理解できなかった。

 目を見開いて顔を戻せば、目の前には妹らしい少女がいた。
 その向こう、ソファで母親が泣き崩れているのが見える。

 わけがわからずに見返した少女も、俺を叩いた手を掲げたままに、泣いていた。
 ぼろぼろと大きな瞳から涙が溢れている。


 「お兄ちゃんの偽者!!」


 わけが、分からなかった。
 頭が真っ白になる。




「確かその妹御は年のわりに小柄でした。
 アニスに怒られたり、アリエッタに叫ばれると必要以上にびくつくのはその影響でしょうね」




 その後のことはよく覚えていない。

 ただ、少ししてジェイドさんが来て、あの二人に丁重に謝罪して、
 これは後で知った話だけど、事後処理やら何やらも完璧に済ませてくれたらしい。
 その間、俺はずっと呆けていた気がする。


 全てが終わった後の、大佐の執務室。

 少しの沈黙の後、
 あの少女に叩かれたのとは逆の右頬に、鈍い痛みが走った。

 脳が揺れるような衝撃に思わずしりもちをついた俺の視界の端に、
 すいと下ろされたジェイドさんの手が映る。


 これも今だから思えることだったが、たぶん、平手だったんだろう。
 拳で殴られてたら、とてもじゃないが意識を保てたとは思えない。

 だけどそのときの俺は、叩かれたことすら理解できないまま、呆然と考えていた。
 あの子の言葉を。


 「ねえ、なんで、ジェイドさん。
  なんで、あのひと達は、泣いていたんですか?」


 あの子の、涙を。


 「なんで、だって、オレは…ぼくは――……」


 (おなじ、なのに)


 ジェイドさんが目の前で膝をついた。
 そして、叩かれたばかりの頬に、そっと手の平が当てられる。

 優しく、添えられた手。
 ジェイドさんは何も言わなかったけど、ただ、辛そうな顔をしていた。


 その顔を見て、俺は初めて大変なことをしてしまったんだと思った。
 “間違った”のだと、知った。

 でもやっぱり俺は何が悪かったのか分からなくて、


 ただ、あのひと達の泣き顔だけが、
         いつまでも頭から離れなかった。






「正直、忌まわしくもありました」


自らが作り出した過ちが、自分と同じ過ちを犯していること。

形は違えど、人の気持ちを理解できないでいる子供。
なにが悪かったのか見当もつかないで、立ち尽くす子供。


「その直後にあの子を直属部下に回したんです」

「それは、監視のためか?」


否定されることを前提にした響きの問いに、
苦笑を零して、想定どおりの答えを返す。


「いいえ」


これ以上繰り返させてなるものかと思った。

しかしそうして彼を手元に置きはしたが、
そのうちに、また違う暗いものが思考を侵食し始める。


出来るのか、と自分の中の何かが問う。


出来るのか。
出来るのか。



(感情を解せぬ者が、他の者に感情を教えることができるのか?)



それは、漆黒の塊にも、似ていた。









私ちゃんと子育て出来るかしら的な不安の元に、
アビ主に対して一線を引いていたジェイド。

>世界にはそっくりさんが三人いるからな
そんなこんなでチリほども疑わなかった愉快なマルクト軍。
今日も世界は平和だメシが美味い。