【Act40.3-ロニール雪山の決闘。】







ワイヨン鏡窟で言い残したとおり、
リグレットたちはこの雪山でみんなを待っていた。

各々が武器を取り出す中、俺も剣を抜き、イオンさまを背にする場所で構えを取る。
イオンさまのほうに万が一にも攻撃が来ないようにするのが、俺の役目だ。
断じて最前線が怖いからじゃない。 怖いからじゃないよ。


そして始まった戦い。

三対六はやはり数としては卑怯だが、
おそろしいことに彼らは決して劣勢ではない。これが六神将の力なのか。

どうしよう。
もしも、もしかしたら、大佐たちが負けるなんて事に……。


! 十時の方向に走りなさい!」


弱気になりかけたのを見計らったように響いた大佐の鋭い声。
びくりと身を震わせて、俺の体は考えるより先に動いた。
柔らかな雪の足場を力いっぱい蹴り上げる。


「そこで剣身を横にして、上へ!」


え、え、え?
混乱しながらも言われたとおりに動いていく体。

そして振り上げた剣が、硬質な音を立てて、重たい何かを捉えた。
……え?

視線を上げればそこには巨大な影。
黒獅子、ラルゴ。

俺の剣が支えているのは、その得物である大振りの鎌だった。
ひ、と喉の奥から悲鳴が零れる。


「また会ったな、坊主」


タルタロスではお前も邪魔をしてくれた、
そう言ったラルゴが口の端を上げた直後、掛かっていた重さがグンと増す。
歯を食いしばり、慌てて柄を握る手や足に力を込めた。

剣に限らず、直接攻撃を主とする武器で戦う場合、
身長や得物自体の重さがかなり物をいうところで、この体格差。

俺だってそう低いわけじゃないのに、
大人と子供ほどにもなる上背の違いを真上から思い知らされる。


「…………っ!」


このままじゃ押し負ける。
ひやりとした寒気が首筋を撫でたと同時に、ふと感じるものがあった。

なんだろう。 無性に嫌な予感がする。
現状によるものだけでなく、じわじわと額に汗が浮かんできた。


なぜか一気に跳ね上がった予感の強さに、
とどめを刺そうとするラルゴの鎌が振り上げられた瞬間、
俺は無理やり身を引いてその場から飛びのいた。


「サンダーブレード!!」


こんな吹雪の中でもよく通る低い声。
そしてたった今いたばかりの場所に紫色の稲妻が突き刺さった。

掲げていた鎌も要因なのか、直撃をくったラルゴが苦しげに膝をつく。


それを着地地点で呆然と眺めてから、
俺はゆっくりと後ろを振り返った。今更ながら手足に若干の震え。


「……ジジジジ、ジェイドさん。
 いま俺のこと、オ、オトッ、オトリ……ッ!?」


視線の先、大佐が清々しいほどの笑顔で首をかしげる。


「イヤですねぇ、あなたは味方識別マーキングがあるから大丈夫じゃないですか」

今 絶対 味方識別ついてませんでしたよね!?


だって俺ほら、焦げたし。
前髪こげたし。

ちりちりになった髪を摘み上げながら しとどに涙を零すも、
大佐は「ハハハ気のせいですよ」と肩をすくめただけだった。

というかさっきのオトリっていうより生贄ですよね、と溢れる切なさを感じていると、
違う場所からも雪が重さを受ける音が聞こえて顧みれば、
リグレットとアリエッタも同じく膝をついている。


しかしまだ立ち上がろうとする三人に、みんなも再び武器を構えたとき、ふいに地面が揺れた。
しまった、と大佐が顔を顰める。


「今の戦闘で雪崩が……!」


雪崩。
そういえば雪崩が頻発してるとか、なんとか。


……雪崩!?

俺がようやく事態を理解して目をむいたときには、
すでに視界は真っ白に塗りつぶされていた。









 色とりどりの花が咲き乱れる綺麗なお花畑。
 目の前に流れる美しい川のせせらぎ。


「俺たちのいた場所はちょうど真下に足場があったんだ」

「ってことは、六神将の三人は?」


 俺は対岸で微笑む女性二人に大きく手を振った。
 お〜い、お〜い、お久しぶりですユリアさまー、そのお隣の方ー。


「アリエッタたちは谷に落ちちゃったみたい」

「……大丈夫。
 どちらにしても教官は倒さなければならない敵だったんだし」


 いつも思いのほか元気に手を振ってくれるユリアさま。
 そのお隣の綺麗な銀色の髪をしたお姉さんも、穏やかに微笑んで手を振り返してくれる。


「つーか、おい、いなくね?」

「まさかジェイド、あいつも谷底に落ちたんじゃ……!」

「…………」

「ジェイド?」


 あのー、いつもお名前が聞けないんですけどー、貴方は……。



! 生きてますね」

「はいジェイドさん!!」


ごばっと勢いよく雪溜まりの中から這い出て敬礼をする。

驚きに目を丸くしてこちらを凝視するみんなと、いつもどおりの大佐。
それを見て俺は初めてはっとした。 俺生きてる。 みんなも無事みたいだ。


「あれ、六神将たちは?」


「や、だから落ちちゃったみたいだけど……すごいね」

「条件反射か……恐ろしいな」

「音素の髄までチーグル魂が染み込んでんだな……」


なぜか切なげな目で俺を見るアニスさん、ガイ、ルークに困惑しながら首をかしげた向こう、
大佐が「はっはっは」と軽く笑っていた。



あらためて自分の状況を確認すれば、下半身は丸々、こんもりと積もった雪の中。
雪崩で落ちたとき埋もれたんだなぁ。凍死とかしなくて良かった。


「それより見て、パッセージリングの入り口があるわ」


そこから這い出して、体についた雪を払いながらみんなの話を聞く。

どうやら今回ばかりは雪崩も俺たちの味方をしてくれたらしい。
こんなに分かりづらい位置にある入り口も見つけられたし、六神将も。

そこに考えが至ったところで、俺はぴたりと雪を払う手をとめた。

真っ白な世界の中、真っ暗に覆い尽くされた崖底を見やる。
こんなところから落ちたら、いくら六神将だって生きてはいないだろう。


……アリエッタだって。


 
「ママの仇!」
 
「お兄ちゃんの偽者!」


脳裏に響くのは、やけにだぶった ふたつの声。
浅く吸い込んだ息を吐き出して、小さく首を横に振った。




ラジエイトゲートとアブソーブゲートを除けば、
ここが最後のパッセージリング。

だけどルークがいつもどおり作業を終えたと思ったとき、またも大地が揺れた。
まさかしくじったのかとルークが不安そうに声を上げたけれど、どうもそうではないらしい。


みんながこれまで連結させてきたセフィロトを利用して、
アブソーブゲートのセフィロトから記憶粒子が逆流し地核を活性化させている、と大佐がいう。
そんなことが出来るのは、ヴァン謡将だけだ。

このままでは彼のいるアブソーブゲートがある大陸以外の地面が崩落するらしい。
それに地核が活性化すれば振動を中和しているタルタロスも持たない。


急いでヴァン謡将を止めにいかないと大変なことになる。
俺たちはすぐにロニール雪山を降りることにした。


だけどここまで無理のし通しで、イオンさまの体力も限界に近い。
ひとまずケテルブルクで彼に休んでもらってから、ということになった。


「俺たちと師匠……目的は同じ人類の存続なのに、
 どうしてこんなに遠いんだろう」

「被験者を生かす世界と殺す世界。
 ……とても近くて、遠いわね」


帰り際、ルークとティアさんが交わした会話を聞きながら、
俺は痛いほど白い雪山を振り返り、目を細めた。



あの、真っ直ぐな青の瞳を思い出しながら。








>「いま俺のこと、オ、オトッ、オトリ……ッ!?」

アビ主を認めてきたからこその暴挙です。
でも未だ固定されない味方識別。 まだ少し迷ってる。