【Act32-ダアト・インパクト。】







スピノザに地核静止計画のことを盗み聞きされたかもしれない。


誰がどことどう繋がってるのかいまいちよく分からないが、もしヴァン謡将に報告されては一大事だ。

話をした結果、アッシュがスピノザを追ってくれることになったのだが、
彼は協力して探そうと言ったルークに「レプリカ野郎と馴れ合うつもりはない」と怒鳴って行ってしまった。


あいつより先にスピノザを見つけてやるんだとむきになるルークをみんなで宥めて、
俺達は知事邸で纏まったという予定通り、ダアトに向かうことにした。

そういえば“ルークさん”と大佐も仲良くなかったし、赤と赤って相性悪いのかもしれない。
苦笑しつつ、そんな根拠の無い考えをめぐらせる。



そんなわけで道中はずっと不満そうだったルークだけど、ダアトについたら きゅっと表情を引き締めた。
今までもここで色々あったから警戒しているんだろう。俺もちょっと怖い。

イオンさまに会いに行く前にまずは六神将の動向を探ることになり、
ダアト在住のアニスさんのご両親に話を聞いたところ、嬉しい事にみんな出払っているらしい。
ひとまずほっと息をつく。

イオンさまを連れ出すなら今しかない。
すぐに部屋を訪ねると、彼は変わらない優しい笑顔で俺たちを迎えてくれた。


「ご無事でしたか!」


心底 安堵したように目元を緩めたイオンさまに、自然と肩の力が抜ける。

そこでこれまでの経緯をガイが説明したところ、
まだ外殻に残っているセフィロトがタタル渓谷にあるかもしれないらしい。

そうだとすればダアト式封咒を解除していない場所だから、イオンさまも同行してくれるという。


部屋を出てみんなで教会の中を歩きながら、俺はうきうきと弾んでいた。


「貴方、イオンさまと一緒だと上機嫌ですね」


いつもの定位置となる、全体の後方ジェイドさんの隣、をキープしていた俺は、
その言葉に満面の笑みを浮かべて頷く。


「はい! だって、イオンさまの傍って優しくて落ち着くんですよ!」

「それは分からないでもありませんが」


大佐はそう言いつつもちょっと不思議そうに眉根を寄せた後、
すぐ「まあいいか」というように肩をすくめた。 え、なんですか。



すると教会を出ようかというところで、ルークにアッシュからの通信が入った。

それによるとスピノザはやっぱり計画のことをヴァン謡将に洩らしてしまったという。
い組の人達はシェリダンへ逃げたとのことで、それについては安心だ。


「しくじりました。私の責任だ」


だけど響いてきた大佐の言葉に、はっと我に返る。


「俺もスピノザが脇通り過ぎたのに捕まえなくてっ!
 うわあどうしようごめんなさい! 俺、お、おわびに最近覚えたアマンゴカレーを……っ!

「あーもう落ち着け主に どっちのせいでもないだろ!」


ガイに一喝されて、俺は蚊の鳴くような声で返事をしながら肩を落とした。

捕まえないどころか、アッシュに言われるまでスピノザだと気付きもしなかったんだ。
たとえ俺のせいでないにしても立つ瀬は無い。


ああでも落ち込んでる場合じゃない、とにかくシェリダンへ向かわないと。









いつ六神将が来るとも知れない、急いでダアトを出ようと街の出入り口まで辿り着いた時、
そこにいたアニスさんのお母さん、パメラさんがアニスさんを呼び止めた。


「確か、アリエッタ様を捜していたのよねぇ?」


皆さんがいらしたことお伝えしておきましたよ、と
イオンさまに近いもののある穏やかな笑顔でほんわりと伝えられた事実に衝撃する。

六神将だからというのもそうだが、なんというか、俺はアリエッタが苦手だった。

いや、嫌いなんじゃない。
そうじゃないけど、あの子は、特に。


(思い出させるから)



「お兄ちゃんのにせもの!」
「ママの仇!」


一帯に響いた少女の声に、びくりと身をすくめた。
とっさに入り口のほうを振り返れば、そこにはライガを引き連れたアリエッタの姿。


「ママたちの仇、とるんだから!」


少女らしい大きな瞳を涙ぐませてこちらを睨んでいる。
俺は思わず数歩後ずさったが、アニスさんにイオンさまを守るよう指示する大佐の鋭い声を聞いて、
動きの鈍くなった脳を叱咤し剣に手を掛けた。

だけど、それを聞いたアリエッタが先に動く。


「イオン様は渡さないんだからっ!」


ルークとガイを払いのけたライガは、その声に反応するようにざわりと毛を逆立てた。
次の瞬間、吐き出された雷撃がアニスさんとイオンさまのほうに向かう。


「アニスさん! イオンさまっ!」


慌てて剣を抜ききって地面を蹴るも、この距離じゃ間に合わない、とぞっとした瞬間、
彼らの前に飛び出した影があった。


「イオン様、危ない!」

「ママ!?」


直後、響いた悲鳴とアニスさんの声で、俺はようやくそれがパメラさんであると気付いた。
彼女の体が地面に倒れふす光景がやけにゆっくりと目に映る。


吸い損ねた息が、喉の中で渦巻いたような気がした。
硬質な音を立てて、構えていた剣の先が石畳に落ちる。

そして、脳がぐるりと混乱するのを感じる。

今のはなんだ。
俺の知らないこと。理解できない行動。


「お友達を退かせなさい」


いつのまに回り込んだのか、アリエッタの動きを止めて魔物を止めるよう指示する大佐の声。
パメラさんの治療をするナタリアの姿。


「イオン様を護れたなら、本望です」


ひどい火傷を負いながらも、そう言って優しく笑ったパメラさん。


(どうして、)



「……思い……出した」



背後から届いたガイの搾り出すような声に振り返ることも出来ず、

俺は剣の柄を握り締めて、ただ立ち尽くしていた。






理解できないもの。
理解しかけていること。


(自分の命より大事なものなんて、ないはずだろう?)