【Act30-幽閉 イン ザ バチカル。】







バチカルに着いた早々、ルークとナタリアさんは連れて行かれてしまい、俺達は牢に入れられる事となった。


「武器は取り上げられたとはいえ、
 譜術を使えるジェイドとティアも一緒くたとは、舐めてんのかね」


手抜きなのか何なのか、同じ牢に放り込まれた俺たちの顔ぶれをぐるりと見回して、
ガイが少し苛立たしげに息をついた。 たぶん二人のことが心配なんだろう。

「あたしだって譜術使えるよー」とアニスさんがガイの言葉に抗議したが、
そういうわりにどうでもよさげな彼女も疲れたように溜息を吐く。

怒涛、怒涛の展開で今度は幽閉とくれば、さすがにへこたれたくもなるはずだ。


「そうですね。 ノエルを人質にしているゆえだとは思いますが、
 どうも舐めてるというより、こちらはこちらで余裕がないだけの気もしますねぇ」


それを前提にした上で大佐は、譜術で脱出できないことは無いが、
こちらも和平を望む以上あまり手荒な事をするわけにはいかないと肩をすくめた。


「ひとまず機を待ちましょう。
 ……ところで。 いつまで床に転がっている気ですか?」


ひんやりと冷たい石畳に頬を押し付けて丸まっていた俺は、虚ろな目で大佐を見上げた。


「大佐……ルークとナタリアさん、大丈夫でしょうか」

「明言は避けます」


だがルークは預言を辿るために処刑されてしまうだろうと言ったのは少し前の大佐だ。
それにナタリアさんだって、本当でなかったとしても世間的に偽王女だってことにされてしまったら、
偽証罪とか何とかで最悪の場合ルークと一緒に処刑なんてことになるかもしれない。


「ああもうどうしましょう大佐!
 ルークが、ナタリアさんが、うう、ルーク!ナタリアさん! ルタリクさぁん!」


最後なんか混ざった。

頭を抱えてごろごろと床を転がり出した俺を、足でガツンと止めた大佐が深く深く溜息をはく。
じめっとした牢屋の中は溜息のオンパレードだ。俺含め。


「ここで心配しても何にもなりません、少し頭を冷やしなさい。
 こんなときこそ得意の雑談なりなんなりしていたらどうですか?」


その言葉に動きを止めて、再び床に力なく伸びた。

見上げれば赤色の瞳。
そこでいつもなら完璧スルーな俺の雑談にジェイドさんが付き合ってくれるつもりらしいことを察して、
暗い気持ちにサッと光が差し込んだ。

すばやく起き上がって目を輝かせる。
雑談。雑談。なにか雑談。ジェイドさんの気が変わってしまわないうちに雑談。


「えっと、あのっ、牢屋って寒暗いですね!」

「まぁ牢屋ですからね。快適にはしてくれないでしょう」


めんどくさそうな顔は相変わらずだけど、返事が戻ってくるというだけで嬉しい。
俺はさらに明るい笑みを乗せて、ちょっと身を乗り出した。


「ですよね、冷暖房 音機関 完備で天蓋付きベッドなんていったら
 牢屋じゃなくなっちゃいますね。 ルークとナタリアさんはどんな部屋にいるんですかねぇ。

 それで牢屋もせめてじゅうたんだといいですよね。
 でも二人はきっと高級じゅうたんに慣れっこでしょうね、公爵子息と王女さまですもんね。

 そういえば喉渇きましたね。二人も喉渇いてないですかねぇ。
 あっ、それと、」

「……分かった、分かりました」


耐えかねたというように瞑目しつつ眉間に皺を寄せて、
「止めろ」のジェスチャーで顔の前に手を出した大佐に、ぴたりと動きを止める。


「無理に話題を変えなくていいから好きなだけ心配しててください」

「ルーク〜……ナタリアさん〜……」


それを合図にしてまたうなだれた。
この状況じゃ何をどうしても二人のことが気になってしまう。

そんな俺を見たガイが少し気を緩めた顔で苦笑したのが見えた。


「弱ってんなぁ」

「脳内構造がほぼチーグルだから群れで行動してないとダメなんです」


ほっといたら死ぬかもしれませんね、と淡々と付け足す大佐の声を聞きながら、牢の鉄格子に寄りかかる。

ああ、もう、誰でもいいから助けにきてください。
それで、とにかくルークとナタリアさんを助けてください。


(お願いします、どこかの救世主さま)


瞼の裏に涙が浮かんでくるのを感じてまたひとつ息をつく。
そこで、ふと、さっきまで聞こえなかった音がするのに気が付いた。顔を起こす。

内容までは聞き取れないけど、何かを話している声。
その後に誰かが歩いてくる足音が通路に響いてきた。

兵士の見回りだろうか。
だけどなんとなく焦りの見える歩調に、みんなで顔を見合わせる。

俺の祈りが届いたのではという期待と、純粋に怖いという不安を胸に、近づく足音の主を待つ。


やがて俺たちのいる牢の前で荒く足を止めたのは。


「こんなところにいやがったか! この屑共が!」


剣を片手に仁王立ちで怒鳴り声を上げた赤毛の青年に、俺は目をきゅっと丸くした。
そのまま一拍の間をおいてから、勢いよく大佐を振り返る。


「た、大佐! 本当に救世主が! 悪人顔の救世主さまが!

「ああ本当ですねぇ、悪人顔の」

「お前には言われたくないぞ 死霊使いネクロマンサーっ!」


俺の言葉にいつもの笑顔を浮かべながら頷いた大佐に、アッシュが剣先を突きつけてまた怒鳴った。
それに大佐が笑みを深めて首をかしげる。


「おや、こんな心優しい軍人を捕まえて何を言いますか」

「そうだぞアッシュ…さん! それは聞き捨てならない!
 ジェイドさんは中身はどうあれ顔は世の奥様がたを虜に出来る穏やか好中年だ!
 中身はどうあれな!」



エナジーブラストもらいました。




ぶすぶすと煙をあげて突っ伏す俺をよそに、
アッシュは突然、一太刀で鍵を壊して牢の扉を開けた。

その剣を鞘に納めて、眉間に皺を寄せる。


「ぐずぐずしないでとっとと行け!」

「ちょ、ちょっとぉ。
 行けって言われてもどこ行けばいいワケ?」


慌てて拱手したアニスさんの質問に、アッシュは殊更不機嫌そうに顔を顰めた。

俺は起き上がりながら、眉間の皺がクセになりそうだなぁとどうでもいいお節介をする。
あとこういう短気なところはルークと一緒かもしれないと思った事は、どちらに知れても怒られそうだ。


「やつらはナタリアの私室にいる!
 分かったら間に合わなくなる前に行け!!」


そう言った後アッシュは事細かにナタリアさんの部屋までの道順を教えてくれた。
アッシュが良い人なんだか何なんだか、俺はあと少し量りかねてます陛下。 いや、良い人なのか?

とにかくみんなで牢から出たところで、アッシュがティアさんに譜歌で兵を眠らせろと言った。

それというのもアッシュ自身がモースからの頼まれ事だとうそぶいてここへ来たからで、
このまま出口へ向かっても捕まるだけだということらしい。

ティアさんは少し迷って、大佐のほうに向き直った。


「でも大佐、いいんでしょうか。
 あまり手荒なことは出来ないと先ほど……」

「いいんじゃないですか?
 私達を逃がしたのはアッシュで、譜歌を歌えと指示したのもアッシュですから」


その輝かしい笑顔に、全員が一瞬固まる。
つまり「ぜんぶアッシュのせいにしちゃえ☆」ってことですね大佐!

当のアッシュは少しひるんだものの、すぐ気を取り直して眉間の皺を復活させた。


「好きにしろ。 その代わりお前らちゃんとナタリアを……」


だがなにやら言いかけて、また口を閉じる。
そして微妙に気まずそうに「いいから急げ!」とさっきとは違う言葉を吐き出した。


俺とティアさんが首をかしげる横で、なぜか大佐とアニスさんがニヤニヤと笑っている。








バチカル連行。悪人顔の救世主登場。

アビ主、手元に剣がないので若干弱り気味。