その日、久しぶりにユリアシティを離れたティアが訪れたダアトの教会。
そこにはアニスの他にもう一人、予想していなかった人物の姿があった。
「?」
「ひぃスミマセンすぐ対応します!!! ……えっ。あ、ティアさん!」
名を呼ばれて反射的に声を上げたらしいが、こちらを振り返ってパッと表情を輝かせる。
その反応に小さく笑みをこぼして、ティアは二人のもとに歩み寄った。
「ティア久しぶりー! 元気だった?」
今日はどしたの、と首を傾げたアニスに、ティアは手にした書類の束を掲げる。
「私はこれを届けに来たんだけど、も来ていたのね」
「はい! レプリカ保護官としての打ち合わせと、
……ディストを正式にマルクトで引き取るための面倒くさい手続きを色々」
旅の仲間達には決して見せないような、心底忌々しげな表情で吐き捨てたに苦笑していると、
アニスが「あとフローリアンの健康診断にね」と付け足した言葉を聞いて首を傾げた。
「健康診断? が?」
それは、医療的な専門家ではなかったはずのが健診をするという事に対してであったり、
マルクト担当のレプリカ保護官であるはずの彼が、ダアトにいるフローリアンを診に来る事にであったりと、
様々な疑問を込めた問いだったが、ひとまず前者の意味で取ったらしいアニスがにやにやと笑ってをこづいた。
「ってやっぱり思うよね〜。ほんとに出来るのぉ?」
「で、できますよ!
そのためにジェイドさんのスパルタ指導受けたんだから大丈夫です!」
「ほえ? 健康診断のためにわざわざ大佐が直接指導?」
「基本的なところは専門の方に習ったんですけど、
他にも色々ありまして、そのへんを大佐にお願いしました」
「あーレプリカだから音素の結合がうんたらくんたら、とか?」
「ハイそんな感じのを……色んな意味で身を持って学びました……」
座学にも関わらず綺麗なお花畑が見えました、と遠い目をするの向こうに、
自前のサンプルがあるんだから使わない手はありませんよね、と笑うジェイドの姿が浮かぶようだと
アニスがぬるい同情の眼差しを向けていた。
「ゆくゆくはこっちのレプリカ保護官の人にお願いするんですけど、
今のところはオレが担当させてもらってます」
レプリカ問題には各国が共同で取り組むことで合意されているが、予算や人材の確保などの政策的な面はともかく、
当のレプリカ達への対応については現状マルクトが先導する形になっている。
これに関しては、レプリカ研究の第一人者であるジェイドの存在が大きいのだろう。
そのジェイドの知識を叩き込まれたが、
ジェイドに代わって各国の保護官に伝えていく予定で、今は準備段階にあるらしい。
今回のフローリアンの健康診断もその一環だそうだ。
「それでわざわざダアトまで来てるのね。お疲れさま」
「オレとしては嬉しいですよ!
アニスさんにもフローリアン……さまにも会えますし」
「おぉっと〜? フローリアン?」
「フローリアン、……さま」
アニスの指摘から逃れるように、がついと目をそらした。
モースに代わり大詠師となったトリトハイムも様付けで呼んでいるのに、
自分が呼び捨てにするわけには、とはフローリアンに対して敬語と敬称を使っている。
しかしどこか弟のように思っているフローリアンに、
油断するとすぐ気安く接してしまいそうになるらしく、こうして敬称に詰まってはアニスにからかわれていた。
「、あまり無理しなくていいんじゃないかしら。みんな気にしないと思うけど……」
「ホントわけ分かんないとこでビビるよね。
ナタリアのこと呼び捨てにしてる段階でもう怖いもんなくない?」
そうなんですけど、いやでも、とまごつくに向かって、
またアニスがにやにやとした笑みを向ける。
「いーじゃんビシッと呼んじゃいなよ、ぐ・ん・そ・う様〜! でしょ」
「う、うわぁ、それ呼ばれるとゾクッとします」
「おっ昇進の快感で?」
「恐怖で……畏れ多くて……」
「どこまでもビビリか! えー、じゃあカーティス軍曹?」
「畏れ多さが増してますアニスさん!!!」
とんとんと進んでいく会話を聞きながら、ティアはぱちりとひとつ目を瞬かせた。
「、もしかして昇進したの?」
「はい一応……あれ、アニスさんから聞いてませんか?」
「レプリカ保護官の件と、大佐の養子になったって事は聞いたけど」
「あ。その手紙来たあとティアに会ってなかったかも」
アニスとはお互いに忙しい時間を縫って、こまめに手紙のやりとりをしている。
だからティアもアニス経由で近況を聞いているのだが、
このところはずっとユリアシティにいたため、その機会はなかった。
「エルドラントの件と、今までの功績を評価して、ってことで昇進のお話を頂いたんですけど」
自分はただついて行っただけで殆ど何もしていないから、最初は断るつもりだったとは言う。
「そうしたら大佐に、有り難く拝命しておきなさい、って言われて」
“いつかティアも言っていましたが、国家というものは勲章か昇進か、
それくらいしか感謝を示す方法がないんですよ。”
ジェイドはそう言って肩をすくめたという。
「なら大佐も昇進を?」
「あ、いえジェイドさんは。今はまだ自由に動けないと不便だからって断ってました」
「そんだけ言っといて自分は国の感謝 受け取らないんだっていう」
「……大佐らしいわね」
そんなわけで今は一等兵ではなく、・カーティス軍曹なのだと、
そう言う本人もまだ慣れない様子で、ぎこちなく階級とファミリーネームを付け足して苦笑した。
「そういえばさぁ、大佐との親子生活ってどんな感じ?
パパ……は無いとして、父さんとか父上とか呼んだりしたの?」
カーティスという名を聞いて思い出したのか、アニスが興味津々といった様子で尋ねる。
するとは、え、と驚いたように目を丸くした。
「特に、今までと変わりないですけど」
「えぇぇ何そのうっすい反応。
大佐の息子になった感動とか興奮とかないわけ?」
「いやだって、オレはその、アレですし」
「何アレって」
アニスにじとりと半眼で睨まれたが、気まずそうに頬をかく。
「親子って言っても書類上の形だけだから、あまり深く考えなくていいって、ジェイドさんが。
だからオレはあくまで単なる養子であって、別に父親とか……む、息子とか、そういうわけでは」
顔を赤くしたり青くしたりと百面相をしながら、
しどろもどろに為される説明を聞いて、ティアは困ったように眉尻を下げた。
「。たぶん大佐が言いたかったのはそういうことじゃなくて、」
「いいよティアもうほっときなよ……ライガも食わないってやつだよ……」
どうせまたしばらくグダグダやって周りに散々心配かけといて、
結局いつの間にか良い感じのとこに落ち着いてるんだよ、と実感たっぷりの口調で言ったアニスが、
ティアの肩に手をおいてふるふると首を横に振った。
あの旅を乗り越え、レプリカ保護官として働き出して、随分しっかりしてきたと思ったが、こういうところはまるで変わらない。
相変わらず遠回りをしながら、それでも必死にもがいているらしい。
らしいと思わず零れた笑みをふと消して、ティアは目を伏せた。
かつての仲間達は皆それぞれのやり方で、前に進もうと頑張っている。
ティアだけが、今もあの日に囚われたままなのかもしれない。
記憶の中に揺れる赤。そこに思いを馳せたティアの耳に、あの、と小さな声が届く。
はたと見上げると、気遣わしげな表情でこちらを覗き込んでいたが、
何事かを言いかけて、しかし止め、代わりに明るい笑みを浮かべた。
「オレ、今度からティアさんにもお手紙書いていいですか?」
そうすれば今回のような昇進の話や、それ以外のちょっとした近況などもすぐに伝えられるから、と
熱心に訴えてくるの様子に、ティアはまた思わず――今度こそしっかりと――笑った。
「私はあまり手紙を書いたことがないから、味気ない返事になってしまうかもしれないけど」
それでもよければ、と肯定を返すと、は一瞬ほっとしたように眉尻を下げる。
そしてとても嬉しそうな顔をして、「こちらこそよろしくお願いします」と言った。
>「ひぃスミマセンすぐ対応します!!!」
レプリカ関連の疑問・相談・クレームなどなど
お問い合わせはすべてお近くのレプリカ保護官まで!
□