【きらきらひかる-3】
テオルの森、だったはずの、今はなんか違うような森の中。
俺と対峙する位置に立ったユーリが、さっと剣の鞘を抜き捨てた。
「もう一回言っとくけど、オレは術は使えないぞ」
「いいわ。
武醒魔導器からエアルを取り入れて安定させる過程は術も技も大して変わらないから」
俺とユーリの中間、試合の審判のような位置で仁王立ちになったリタが言う。
「要するにコツとか! きっかけとか!
そういう事なのよアンタに足りないのは!」
「はヒィっ!!」
びしりと突きつけられた人差し指に身をすくめる。
最近マシになってきたけど、やっぱりこれくらいの年頃の女の子に怒られるのは苦手だ。
こちらのビビリようを見たリタがちょっと気まずげに頬を赤くし、
ごほんと小さく咳払いを零して顔をそらした。
「そ、それじゃ始めて!」
彼女の合図に息をのんで反対のユーリを見据える。
開始早々 技のひとつも飛んできたらどうしようかと思っていたのだが、
そんな心配に反し、ユーリはゆったりとした動きで手にした剣の峰をぽんと肩に当てただけだった。
しかし俺の緊張ぶりは見て取れたようで、彼がそこで初めて笑みを零す。
「んなガチガチになるなよ。
別に戦おうってわけじゃねえんだ、ただの練習でいきなり斬りかかりゃしないさ」
「で、でもユーリ、ただの練習だって突然 槍が飛んでくることもあるんだよ!?」
「……何だか分からないがオレはしないから安心しろ」
比率としては譜術、譜術、譜術、槍、譜術くらいで飛んでくるのだ。
そして油断してると稀に普通の右ストレートとかも来るから侮れない。
あの特別訓練で何度 お花畑を見たことだろう。
とりあえずユリアさまが俺を常連さんとして扱ってくれるようにはなった。
「しかし正直コツっつってもピンとこねぇんだよな」
うぅんと唸る声に、違うところへ行っていた意識を引き戻す。
ユーリは手にした剣を上に放り投げてくるくると回し、落ちてきた柄を正確に掴んだ。
「まあ、こう武器を持つだろ?」
「うんうん」
俺としてもなんとか突破口を得たい。
彼の言葉と動きを逃すまいと目を凝らす。
「そんで……こう、やるとっ」
柄を持つ手にもう片方の手を軽く添えてみせた次の瞬間、
音素の力を帯びた鋭い斬撃が、空気を切り裂いた。
おぉっ、とコツを学びとろうとしていたことも忘れて純粋に剣士として感嘆の声を漏らす。
ぱちぱちぱち。
ついでに思わず出た拍手が森の木々の間に響く中、ひとつ息をついたユーリが振り返った。
「出るだろ?」
「出ないよ」
今までの感動を瞬時に捨て去り半眼で吐き捨てる。
もしかすると彼も大佐と同じくなんでもわりと出来てしまう人なのだろうか。
何にしても人並み以上のことをしないと事が叶わない部類の人間としては羨ましい限りだ。
剣については被験者から引き継いだらしい才能のおかげで何とかなっているほうだが、
それでも技は一朝一夕で習得出来るものじゃないし、出すのも同じく。
見物をしている面々の中で唯一カロルだけが、俺の心中を察した気の毒そうな顔をしているのが見えた。
うう……ジェイドさん達といい彼らといい、世の中には凄いひとが多すぎる……。
しかし俺相手にユーリの教え方は酷というか
無理だということに気づいたらしいリタが「はい次」と教える人を入れ替えてくれた。
「私は武醒魔導器を使っているわけでもないから、
特に感覚的なものだけになると思うけれど」
続いて俺の前に立ったのはジュディス。
女の人らしい色っぽさの中にもしなやかな逞しさが垣間見える立ち姿が俺以上に男らしい。
そしてその手にある獲物を見て、ちょこっと胸が弾んだ。
「ジュディスも槍使いなんだ?」
「ということは貴方の知り合いの誰かもそうなのね。
腕前はどうかしら」
「すごい! すごいよ!
そりゃ……もう…………」
きらきらと輝く目で前半の言葉を告げた直後、特別訓練を思い出して顔をそらした。
そこから何を読み取ったのか、ジュディスは「ぜひ一度手合わせをお願いしたいわね」と嬉しそうに微笑んだ。
それを聞いたリタが、戦闘狂、とぼそっと呟いたのが耳に届く。
「そうね。 私の場合は、」
聞こえないふりをしたらしいジュディスは、言いながらおもむろに槍を構えた。
ふっ、と短く息をはいた音。
かすかな風が皮膚を撫でたと思えば、いつのまにか目と鼻の先に光る、槍の先端。
「こんな感じかしら」
「アンタもか!!」
動くことも出来ずに固まる俺に代わって、リタが叫ぶ。
前線の人はみんな感覚型なのか。 いや、待て、俺も前衛のはずなのに。
とりあえず答えは出ないまま、再度 講師が変えられた。
ついでに言うとリタには一番最初に教えてもらったのだが、あまりに難しすぎて断念した。
その見事に研究者視点の理論や計算に基づいた説明は俺の頭には荷が重い。
「よろしくお願いします」
「こちらこそっ!」
どこかイオンさまを思わせる優しい雰囲気を持つ女の子。
今度はナタリアみたいな綺麗な一礼をしてくれたエステルに、俺もにぱりと笑って敬礼を返す。
彼女は譜術士みたいだから、分かりやすいコツを教えてくれるかもしれない。
「術を使うときは、まずお願いするんです」
「お願い、っていうと?」
「はい。
エアルに力を貸してくださいって心をこめてお願いすれば、きっと応えてくれます!」
これまでの どの教えよりも難易度が高い気がする。
「そして、このひとを助けたい……救いたいって強く願ううちに、
それがいつのまにか術になってるんです」
でもやってみる価値は十分にあるはずだ。
エステルの声を頼りにしながら、手を掲げる。
ええと、感謝、感謝。
音素……いつもありがとう。
お前がいるから譜術が使えるんだ……いや、最近はちょっと成功してないけど。
譜業が動くのもお前のおかげなんだ。
ひいてはガイが幸せなのもお前のおかげなんだ。
それでそれで、ええと……うん、ありがとう!
「ロックブレイク!」
もひゅっ。
俺の術は、なんとも中途半端な音を立ててまたも宙に散った。
「オレには愛がない!? も、もしくは足りない!?」
「だ、大丈夫です! そんなことないです! ……きっと!」
半泣きで叫ぶ俺をエステルがあわあわと慰めてくれる。
すると突如後ろからぽんと肩を叩かれた。
「愛っていやぁ、俺様でしょ」
肩越しに振り返れば無駄にきらきらとしたポーズを取るレイヴンの姿。
「はい次ガキンチョねー」
「ちょっ、ひどッ! 待ってよリタっち!」
それを華麗にスルーしたリタに、レイヴンが慌てた様子で言い募る。
すると深いため息を吐いたリタはじとりと彼を見やった。
「そんじゃ一応聞くけど、コツは?」
「可愛いお姉ちゃんを愛でるようにエアルを、」
「ほらカロル早く!」
執事を呼ぶように二回ほど手を叩いたリタの傍らでは、
レイヴンが「がっくり」と自分で口にしながら座り込み、地面に「の」の字を書いていた。
最後の講師であるカロルは、
その小さな体に見合わない大ぶりなハンマーを手にしていた。
引きずられている先端が地面と擦れてごろんごろんと固い音を立てていたが、
重さ自体は問題になっていないようで、至って普通に歩いてきて俺の前で立ち止まる。
「あ、あの、ボクも術は使えないんで参考になるか分からないけど」
「ううん、すごく助かるよ! むしろお願いします!」
気弱な笑みを浮かべるカロルに首を横に振り、両拳を握って笑った。
するとカロルも「そう?」と照れくさそうに頭をかく。
「そうだな。 ボクの場合……ユーリ達みたいに強くないから、
コツって言えるようなものないんだよね……」
「うん」
「だからとにかく練習あるのみ!って感じで」
「うんうん……!」
「そうして毎日頑張ってれば、きっと強くなれるって……!」
「うん!」
がしっ、と二人で手を取り合って顔を見合わせた。
「そうだよねカロル!
ビビリだってヘタレだって頑張ってればいつか一人前になれるよな!!」
「うんっ! 強くなって、いつかナンに認めて貰えるように!!」
「ジェイドさんの役に立てるようにっ!!」
生い茂る樹木のせいで見えないけれど、
適当に当たりをつけて太陽(がありそうな方向)を見上げる。
「……おっさん、少年が二人いるみたいに見えてきたんだけど」
「はい、一生懸命なところがよく似てます!」
「両方ともヘタレってだけでしょ」
「つーかカロル先生、結局コツらしいこと何も言ってないな」
はたはたと涙を滴らせながら理想の自分を思い描く俺達の背後、
みんながそんなことを話していたのには、気づかなかった。
V陣みんな良い奴すぎる。
アビ主が何かおとなしいと思ったら傍にジェイドがいないからだ。
ジェイドの事さえ絡まなければわりと普通な男アビ主。
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