【もしもアビ主が裏切ったなら…】










純白の雪が降りしきる。

皮膚を刺すような冷気が立ち込めるこの場で、ひとり空を仰いでいた男は、
背後から聞こえた複数の足音にゆっくりと目を伏せ、またすぐに持ち上げた。


ぎしりぎしりと雪が音を上げる。
それがなぜか悲鳴のように聞こえて、そう考えた己を笑いながら、振り返った。

吹きすさぶ吹雪の向こうに見えた予想通りの人影に、苦笑して僅かに首を傾げる。
一番前で立ち尽くしていた赤毛の青年が辛そうに表情を歪めて男の名を呼んだ。




「さすが雪山っていうか、寒いよなぁ。
 待ってる間に凍死するかと思った!」


冗談めかして笑いながら、翠の瞳を、見返す。


「ルーク」


唇を噛んでから目をそらしたルークの代わりに、
きつく眉間にしわを寄せたガイが言葉を紡ぐ。


「ああ、本当に寒すぎだ。
 ……お前がヴァンにつくなんてな」


その言葉に笑みを消し、目を細める。
深く息をつきながら見上げた空は、相も変わらず歪な灰色をしていた。

雪の粒がひたりと頬に当たり、水に変わって伝い、落ちる。


「この世界は」


は巡らせた視線をある一人に向けた。
全体の少し後ろ、先ほどから射るようにこちらを睨む一人の男。

赤の瞳をいつになく険しい色に染めた、その男に。


「この世界は、あなたに責任ばかり負わせる」


それを聞き眉を顰め、ジェイドは一歩前に進み出てまた強くを睨んだ。


「責任とは誰かに負わせられるものではなく、己が認めて背負うものです。
 私や、ルークを傍で見てきた貴方が、それを一番知っていると思ったのですが、ね」


言いながらその腕を一振りすると、手の中には銀の槍が現れていた。
ジェイド、と戸惑うように名を呼ぶルークの声が吹雪に紛れる。


「はい、ジェイドさん。 オレは知っています」


続けてそっと剣の柄を握ったに、
この冷たい空気とよく似た鋭く細い緊張が、両者の間に広がっていく。

ガイがいつでも剣を抜ける構えを取り、ティアが静かにナイフを取り出した。
それを視界の端に見ながら、は乾いた笑みを零す。


「知っています。
 その人が負える以上の責任を、負う必要のない責任を、勝手に押し付けていくこの世界を」


誰が、ではない。
もう世界自体がそのような形になってしまっているのだと男は続けた。

預言を順守することを美徳とし、思考さえ止めることは、どれほど恐ろしいことだろう。
自分達には、ひかれたレールがどこに向かっているかも分からないのに。


ぽつりぽつりと紡がれる言葉に滲むのは、恐怖と、怯え。


「この世界はあなたに辛いばかりじゃないですか」


が鞘からゆっくりと剣身を引き出していく。


「だったら、」


そして抜き出した剣先を静かに地面へ下ろすと、
僅かに伏せていた目を、ぴたりとルーク達のほうへ定めた。


「こんな世界、 “俺”は いりません」


雪山に響く確かな声色に、ジェイドが息をつく。


「本気なんですね」

「ねぇジェイドさん、
 どうしてもレプリカ大地計画には賛成しないんですか?」


それこそ十歳児のように幼い物言いで問う男の目は、
似つかわしくなく落ち着いた色をしていた。


「もちろんです」


しかしどこか揺らぐ目を真っ向から見返して、ジェイドは断言する。
瞬間、が少し歯を食いしばった。


「……そうですか」


真っ白な世界にぽつんと落ちた言葉は、底のない闇色を思わせた。

ゆるゆると剣先が掲げられていく。
それはやがて、真っ直ぐにジェイドへ向けられた。


「じゃあ、あなたのレプリカ情報を抜き取って、レプリカを作ります。
 そうして俺は、新たな世界で新たなあなたと生きましょう」


言いながらみぞおちの位置まで落とされた柄に、もう片方の手が添えられる。


「だから、 “あなた”はいらない」


半身引いて、が戦う姿勢をとると、ジェイドは微かに眉を顰める。


「―― 馬鹿な子だ」

「行きます」


強く地面を蹴り出したを見て、全員すぐに構えを取る。


ルークが泣きそうな顔をしているのを視界の端におさめながら、ジェイドも詠唱を始めた。
己が創り出してしまった愚かな子供に、己の手で、決着をつけるべく。










さく、と軽い音を立てて、
持ち主の手から離れた剣が真白の雪に埋もれた。

足を止めたが、小刻みに肩を震わせている。


「…………〜〜〜っ」


そして。


「うわああんジェイドさんジェイドさんジェイドさぁあんー!!
 ごめんなさいー! 要らなくないですごめんなさいー! だから死んじゃヤですぅう〜!!」


驚異的な瞬発力でジェイドに飛びついたに、誰のものともつかない溜息がそこかしこから聞こえる。

あまりの勢いに数歩よろめいたジェイドは、
その頭をがしりと抑えて引き剥がそうとしながら青筋付きの笑顔の下に口を開いた。


「……これでテイクいくつだと思ってるんですか?」

「だってジェイドさぁん!」

「だからちょっと頭を冷やしなさい。 芝居なんですよ、芝居」

「芝居でもなんでも無理ですー! オレにはできません〜っ!」


ジェイドにひっついたままイヤイヤと泣きながら首を横に振る
それを遠巻きに見る仲間たちが小さく息をついた。


「やっぱダメそうだな」


そう言ったガイが苦笑する。
ティアも困ったように笑いながら、そうね、と相槌を打った。


「いっそ逆にする?
 己の好奇心を満たすためにヴァン総長に寝返った大佐!
 科学者にとって研究という欲求の前にはどんな説得も無意味だったのだー、とか」


立てた人差し指をぷいぷいと振りながらアニスが言うと、
腕を組んだルークがうぅんと唸り声を上げて考え込む。


「それだとまたが『ジェイドさんとは戦えません!』って同じ結果にならないか」

「あら、それならいっそ、
 もジェイドも寝返ったことにすればいいのではなくて?」


深緑の瞳をきょとんと丸くさせたナタリアが首を傾げる。


「今度はルークとは戦えないって泣き出すかもな」

「あー、そっか」


ガイが再度 息と共に吐きだした言葉に、ルークもまた小さく唸って頭をかいた。
そしてくるりと背後の喧騒をかえりみる。


「なあジェイドー、今度はなんにする?」




「……なんでもいいからこのバカを引っぺがしてください」

「ジェイドさぁあん〜!!」





ロニール雪山 奥地にて。

の上げた声に反応して雪崩が起きる、数秒前。







まだ先の話ですがダアトの教会でやる次の劇の内容を
決めようとしてるパーティー陣、かもしれない。 深く考えたら負けです。

もし本当にアビ主がここで裏切ってたら、
ジェイドにとってのロニール雪山はネビリム先生とダブルで苦い思い出の地と化していたところ。


そして最終決戦は“アビ主との”最終決戦の意なので、きっとわりと最初のころに出てきます。
そしてどこまでもアビ主なのでそう労せず倒せます。 だって1対6。


崩落編 最後で、アビ主が恐怖に立ち向かえていなかったら
レプリカ編でこうなっていたかもしれない。 そんなもしもの話。





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