【仁義なき戦い〜ブウサギの章〜】
皇帝陛下の執務室。
いつものように脱走を謀ったピオニー陛下が大臣たちに捕まって、ここに移送されてきてから数十分。
面倒くさそうにというならまだ可愛いもので、
しばらくの間は直球でやりたくなさそうにしていたのだが、今は静かに執務を進めてくれている。
俺は机の脇に立ちながら大まかな書類の区分けをしていた。
これがまた頭の痛いことに、国民にとって大切な案件はしっかり処理済みで、残っているのは予算案やら何やらの内部ものばかり。
こうして拒否する仕事も選ぶあたり、本当に手に負えない人だと思う。
でも、だからこそこのひとは国民に支持されるのかもしれない。
国という器の中の“ひと”を何よりも愛する皇帝陛下だから。
そう考えると、こうして振り回されている自分さえちょっと誇らしい。
そのとき、ことり、と万年筆を置く音が聞こえた。
「ブウサギをもう少し増やしたい」
精悍な顔つきで俺を見据えた陛下が一言呟く。
沈黙の間に水のせせらぎが悠然と横たわり、そして俺はいくつかの紙を机の上に置いた。
「それでね陛下。
こっちが明日までで、こっちが今日までです」
「ブウサギをもっと増やしたいんだ」
真顔のまま繰り返された言葉に口元を引きつらせ、
足元にいた一匹のブウサギの上半身をすばやく持ち上げてその小さなヒヅメを陛下に向ける。
余談だけど半分だけでもけっこう重い。
「だめですよ! ルークさまが来たばかりじゃないですか!」
他の子たちより まだいくらか小ぶりな腕の中のルークさまが、ぶ、とひとつ鳴く。
「ケチくさいこと言うな! いいじゃないか後一匹や二匹!」
椅子にふんぞりながら ぷいと顔をそむけた陛下に向けて、
俺もきりっと眉を吊り上げて胸を張った。
「だめですー! 陛下は可愛がるばっかりでちゃんとお世話しないんですから!
散歩だってガイに任せっきりで!」
「一応 皇帝なんだからペットの世話くらい家臣に任せたっていいだろう!?」
「オレだってこれがインゴベルト陛下ならそう思います」
「お前さりげなくと思わせてあからさまに俺を国主だと思ってないな」
いい皇帝だと思われたいなら脱走しないでください。
山積みになった紙の中に、今日締めのものがいくつあるのか、考えるのも恐ろしい。
そこではたと思い起こし、山の中からひとつの書類を引っ張り出す。
「そういえばこれ、ゼーゼマン参謀総長がこうしてくれって言ってました」
「ん、ああ、分かった」
紙の上を万年筆が走るささやかな音が空気に馴染む。
それを耳の端に聞きながら、俺はまた別の書類をぱらぱらとめくり、簡単に内容を確認する。
確かこれは軍部の関係で、こっちが貴族院で……。
そうしている内に書き終えたのか筆の音が止み、陛下が勢いよく顔を上げた。
「付けてやりたい名前がまだいっぱいあるんだぞ!」
「えー、なんですか?
へんなの付けたらまた大佐に怒られますよ」
バルフォアさまとかカーティスさまとか。
いや、後者は大佐というよりカーティス家の方々に怒られそうだが。
そんな俺の思いをよそに、陛下は恍惚とした笑みを浮かべながら、拳を握った。
「まずガイラルディアだろ? それでアニスに、ティアに、ナタリア……!」
「いろいろ譲って他はいいにしてもナタリアは止めてください!
キムラスカに和平条約 破棄されちゃいますよ!!」
「イオンも候補だったんだが」
「ダメですっ!」
そちらは本人よりアニスさん含む導師守護役の人たちに物凄く怒られそうだ。
アニスさんも陛下に直に怒るわけにはいかないだろうから、巡り巡って止めなかった俺が怒られそうなのもまた怖い。
己のためにも全力で却下させて頂くと、
不服そうに口を尖らせた陛下は俺が区分けした束をざっと見て、一枚の書類を指さした。
「これはあれか?」
「あ、いえ、こっちはこれです」
何枚かの書類を広げて、いくつか言葉を交わす。
そういえばキルマカレーが後一歩のところで完成しないんだよなぁ。
分量に問題があるのか。 それともスパイスのほうをもう一回あらってみるべきだろうか。
いやいや、やっぱり隠し味をもう少し工夫して。
完成した書類を脇に重ねた陛下が万年筆の先をびしりとこちらに向ける。
「結局なんだ? おまえはブウサギが嫌いなのか!?」
「つぶらな瞳にまんまるシルエット、触ればプニふわ、大好きですよ! 当たり前じゃないですか!
だからこそオレは一匹一匹大事に育てたいんです!」
首を横に振りながら、俺は ぐぐっと両拳を握り締めた。
それに心外だとばかりに陛下が眉をひそめる。
「俺はみんな平等に愛する自信があるぞ!」
「数が増えればそれだけ目が届かないでしまうことも増えるんです!
ストレスでジェイドさまの毛づやが悪くなったりしたらどうするんですかぁ!」
「俺がそんなミスをするものか!!」
「そんなに新しい子がほしいならどなたかにお子様が出来るまで待ってください!」
そのころにはルークさまも立派な大人になっているから、
もう一匹くらい増えても安心だろう、という思いからの提案はどうやら陛下の耳に届いたようで、
彼ははたと動きを止めた後、しみじみと腕を組んだ。
「そうだな。 ジェイドはそろそろお年頃だから、お婿さんを決めてやらんといかんか」
そしてまさに娘を嫁に出す父親のように、
陛下は一瞬 哀愁漂う表情で深い息を吐いて、おもむろに俺を見上げる。
「ジェイドのお婿さん、お前は誰がいいと思う?」
「うーん、そうですねぇ。 ジェイドさまとサフィールさまって仲良しじゃないですか?」
「ああ、よく一緒にお昼寝してるな。
そうか、うん、それじゃあ、ひとまずお婿さん候補はサフィールで!」
旋律の戒めよ、という出だしの詠唱が扉のすぐ向こうから聞こえてきたのは、
それから約三秒後のことだった。
四万ヒット記念リクエスト企画より『仁義なき戦い〜ブウサギをこれ以上増やすな!』でした。
すみませんタイトル拝借しました(笑)
本人たちは至って真剣です。 無駄な息ぴったり具合。
陛下の言動の流し方もろもろ、「彼と僕の記録(本編前)」からのアビ主の成長を感じてやってください。
アビ主の中で名前元ネタとブウサギは繋がってないので、
かわいいほうのジェイド&サフィールが仲良いのは全然構わない。
でも本家のジェイドサフィールが仲良いとは口が裂けても言いたくない。
仲良しだなと思う瞬間があっても絶対に言わない。 だってくやしいもん。
というわけでブウサギサフィールは普通に大好きなアビ主。
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