【あなたの生まれた日(おまけ)】










「じゃあジェイドさん、最初からあれが誕生日プレゼントだって気付いてたんですか!?」

「ええ。 まあ」


惑星譜術の触媒探しのために立ち寄ったシェリダンの宿。
今は俺とジェイドさんとミュウしかいない この部屋の、
備え付けの小さなテーブルの上にお茶の準備を整えながら、俺は「えぇ〜」と肩を落とした。


「絶対ばれてないと思ってたのに……」

「あれだけ挙動不審にしておいて本気でばれないと思っていたんなら
 色々通り越して心配になってきますねぇ。 首の上に乗っかっているあたりが特に」


ということは、今日 下の酒場に行こうとするジェイドさんを
物凄く必死に引き止めた理由も、すでにお見通しということか。
まぁもはや気付かれていないわけがない。

俺は脱力気味に苦笑して、酒場のキッチンを借りて淹れてきた紅茶を丁寧にジェイドさんの前に置いた。
それなら、ばれてたついでに今年は言ってもいいだろうか。本人に、面と向かって、あの言葉を。

俺の目的を分かっていながらこうして宿に残ってくれたという事実に願いをかけて、
紅茶の隣に手作りのクッキーを置きながら、意を決して口を開く。


「お誕生日、おめでとうございます!」


言った。言えた。
というか言ってしまった。

判決を待つ罪人みたいにどきどきと胸を高鳴らせつつ彼の人の動向を見守る。
少しして、ジェイドさんは何だかほんのりと居心地悪そうに、赤い目をこちらへ向けた。


「……やれやれ、なんて顔してるんですか。別に誕生日を祝われたからと怒りはしませんよ。
 まぁ三十五の独身男が今更 誕生会というのも無いなとは思いますが」


ああ、もう三十六ですかと己の言葉を訂正して、肩をすくめる。
そんなジェイドさんを、足元からまじまじと見上げたミュウがぽつりと呟いた。


「ジェイドさん、照れてるですの?」


一瞬、場の空気が固まったのを確かに感じた。

大佐は俺が持っていたミュウ用のクッキーが乗った小さな皿を、
すごく優雅な仕草で取り上げて、それからとてつもなく穏やかな笑みを浮かべた。


「おやミュウ。 貴方の分はいりませんか、残念ですねぇ」

「みゅみゅ!? い、いるですのー!」


慌ててジェイドさんの膝の上までよじ登ってきたミュウに、
いやですね冗談ですよと笑って、その小皿を机に置く。

やると言ったら本当にやる人なので、その言葉の真偽は少々怪しいところであったが、
あまり突っ込んで飛び火するのも怖いから俺はひたすら沈黙を守り、
自分の分のカップとクッキーの準備をした。ごめんミュウ。



そして全員分の準備が整ったところで、ミュウを机の上にあげてやり、
二人と一匹のささやかな誕生日パーティが始まる。



お茶を飲んでクッキーを食べる以外は、ほとんど俺とミュウが喋っているだけだったが、
それでもたまに返ってくる相槌やら突っ込みに、幸せな気分で目を細めた。


「しかし」


何枚目かのクッキーを口に運んだところで、
ジェイドさんが真剣な表情を浮かべて呟いた。


「例のごとく非常に半端な味ですね」

ですよね!?


俺も試食のときにそう思った。アニスさんから聞いたレシピ通りに作ったはずなのに、
出来あがったのはマズイって程じゃないけど別に美味しくもないという大層 半端な代物だった。

前に食べさせて貰ったアニスさんのクッキーはすごく美味しかったから、きっとこれは俺の何かが足りないのだ。
お前の料理は後一歩なにかが足りないって陛下も言ってたっけ。


「大丈夫ですの! だってこれは食べられますの!」

「うん、なんか、ありがとうミュウ」


ごめん気使わせて。

そんなやりとりを横目に、ジェイドさんが「王族二人の初期料理は食物の形をしてませんでしたからねぇ」と囁いた。
ああそういえばそんな事もあったなぁと遠い目で思い出しながら、また一枚クッキーを口に入れる。

さくりと崩れたクッキーは少し粉っぽくて、お世辞にも美味しいとはいえないものだった。


「すみません、甘いもの作ったのって初めてで……。
 きっと、次回はもうちょっと上達しておきますから!」

「―― ま、期待しておきますよ」

「え」


言うが早いか傾けたカップで顔半分を隠して
目を伏せてしまったジェイドさんを、ぽかんと見やる。

やがてじわじわと頬に集まり出した熱に、
俺は半ば涙目になりながらカップを持つ手を震わせた。


「ジェイドさぁああん……!」

「その淹れたての紅茶ごと飛びついてきたら
 ミュウにミュウアタックをお願いしますよぉ?」


びくりと肩を揺らし、ちょっと浮きかけていた腰を元に戻す。

カップをソーサーに戻して、結構、といつもの笑みを浮かべたジェイドさんが、
またクッキーを一枚、手に取った。













「ところでジェイドさん、みんなにも誕生日ってあるんですかねぇ。
 あるといいですよねぇ!」


そうしたらオレ絶対お祝いするのに、と瞳を輝かせて拳を握る。

すると何事か言葉を発しかけた口を一度閉じたジェイドさんは、短い沈黙の後、
あるんじゃないですかとどことなく投げやりに呟いて、もうあまり無い紅茶をあおった。





何かもう後でガイに教えさせよう、ともくろむ説明放棄の保護者。
誕生日の何たるかを分かっていたようで さほど分かってなかったアビ主。