【さらさらゆれる-6】










「おっと、年上だったか」


半ば純粋な驚きを込めて零した呟きに、応えはなかった。

ゆるりと顔を向けた先、こちらを見据える赤の瞳を見返す。
どこまでも静かな、底の見えない色。

もしかしたら剣を握っている時の自分はこんな目をしているのかもしれないと、
そんな取り留めもないことを考えて、ユーリは少し口の端を歪めた。


きっと自分達はさほど遠い存在ではない。
思考回路だとか、価値観だとか、そんなもので人間を分けるとすれば、
この赤い目の男とユーリは同類というものに近い気がした。

ただ、向いている方向が違うのだ。

似た色をしながらも、決して相容れはしないだろう。
お互いにそんな確信にも近い予感を覚えている。


だがそこでユーリは、敵意がない事を伝える一番わかりやすい形として、軽く両手を上げてみせた。


「……深い意味はねぇよ、ちょっと気になっただけだ。
 あいつをどうこうする気もない」


おそらく自分達は相容れない。
だが、そんな結論とはまったく違うところで、こういう奴は嫌いではないとも思う。


「はてさて、どこまで気付いているのやら」


冗談めかした声でそう告げたジェイドが眼鏡を押し上げる。
硝子に反射する光が、その奥にある双眸が湛える色を窺えなくするのを見届けてから、
ユーリは顔を上げて視線を空へと移した。


「さあな。 俺には理屈も事情も分かんねえけど」


その青さに少し、目を細める。


「あいつが見かけよりずっと人と触れ合ってきた時間が短いってのだけは分かる」


ひとつ瞼を落としてから、
ユーリは改めてジェイドのほうを向いて口の端を上げた。


「つーかあんたと話してるアイツ見てたら分かった、だな。
 前に俺らと会ったときは、まぁ情けない奴ではあったけど、あそこまで騒がしくなかった」


あの時のあいつは“年相応”に、もう少し落ち着いていただろうか。
そう、変わらず情けなかったが、こんなふうに気にすることはなかったのだ。

前回は抱かなかった違和感。
今回に限って引っ掛かった、微妙な視覚と感覚のぶれ。


それらの原因、といっては気の毒かもしれないが、
かなり多大な役割を担っているだろう男を見据える。


「あいつがバカみたいに泣いて笑って、騒がしいの、きっとあんたがいるからだな」


その瞬間、垣間見えたレンズの奥。

ちらついた赤色がなんとも表現し難い色を帯びて固まったのに、
ユーリは思わず喉の奥で笑いを噛み殺した。
何だ、そういう人間臭い顔も出来るんじゃないか。

そんなこちらの様子を察したジェイドが、すぐに完璧な笑顔で表情を覆う。


「それじゃアレがいつまで経ってもお子様なのは私のせいという事ですか?」


腹の探り合いに長けた一瞬の切り替えと頭の回転の速さを垣間見て、
本当に油断ならない男だと半眼を向けるが、
ジェイドは気にした様子もなく、嫌味な笑顔と共に肩をすくめた。

意趣返しのつもりでユーリも挑発的に笑みを浮かべる。


「ああ。 あんたのおかげ、だろ」


何かまたひねくれた反応が戻ってくるかと思いきや、
ジェイドは意外な程おだやかな声で、やれやれ、と小さく呟いただけだった。

思わず目を丸くしたユーリに気付いているのかいないのか、
男は元通りの態度で「そういえば」と話を切り替える。


「時間にさほど余裕がないのは事実ですが、
 ついでの人探しくらいなら、まぁ出来なくもありませんが?」


ばれてたか。大した驚きもなくその事実を受け止める。
街並みに目を向け、彼らがまだ戻って来ないことを確認した。


「いや、いい。
 きっと何とかなるだろ」


そっと目を伏せて笑う。


「それに、ああいう優しい奴らに迷惑かけてまで付き合わせるような事じゃねえし?」

「似合わない台詞ですね」

「……何であんたに似合わないって分かるんだよ」


涼しい顔の眼鏡男を勢い睨みつけてから、
ユーリは小さく噴きだして肩を弾ませた。


「ま、そうだけどな。 受け売りだよ」


誰のとは言わずとも分かったのか、ジェイドが眉根を寄せる。
その様子を横目に見やって、ユーリもそっと息を零した。


「言ったらあいつ手伝おうとするだろ、きっと」

「そうですね。 かといって状況的にもぶっちゃけ手伝えませんから、
 貴方と別れた後でアホみたいに泣いてヘコむんでしょうねえ、きっと」


短い沈黙を割るように、知らない鳥の鳴き声が横切っていった。

それから、なるほど、と思う。
良い人かと聞かれてあいつが返事に迷うわけだ。


「あんた、どう考えても善人ってのじゃねぇよな」

「嫌ですねぇこんな善良な好中年を捕まえて」

「……へいへい」


呆れ顔の相槌をひとつ打ってから、ユーリは口元に笑みを乗せた。


「まぁ、あんたは確かに悪人じゃないんだろうさ」



あいつが自分の全部でもって、“大好き”だと告げるのだから。




赤い瞳がちらりとユーリを見た。
だが何も口にはしないまま、視線だけがゆっくりと街並みへ滑っていく。


ちょうど、その時。
喧騒の合間を縫って耳に届いた賑やかそうなやり取り。


人々の隙間から覗くふたつの人影を視界にとらえ、ジェイドは小さく苦笑して肩をすくめた。







ジェイドとユーリ。
目に見えて険悪っていうのにはならないけど、
根っこのところで全身全霊にそりが合わない。

だけどいざ協力して事に当たらないといけなくなった時には
なぜか異様なほど息の合った連携プレーを見せてくれる。そんなイメージ。